「上官の現れた時、貴様達はただ呆けるのが仕事か? もう一度訓練生に戻されたいか?」
「は、はっ! 申し訳ございません!」
ウィルディの叱責に、一斉に敬礼する。
カエルム人、アスデブリ、どちらの兵士も関係なくだ。それだけの圧を感じた。全員が礼をとったのをさも当たり前のように、ウィルディはその中心を歩く。
「何やら妙に騒がしいと思ったら。貴様ら、軍規を何と心得る。食事の時は、静謐にそれでいて手早く終えるべき場所だ。ごちゃごちゃと騒ぐだけに飽き足らず、問題を起こすなど貴様達は5歳児か?」
「何を言って」
「私はまだ発言の許可を出していない。口を開くな」
反抗的に口を開こうとした兵士をひと睨みで黙らせる。
オレもまた、驚きで声が出なかった。
ウィルディ・
この名を聞けばもうわかるだろう。
《エニアグラム》のリーダー、ディグル・パトリシア・バレットリガーの妹君だ。間に入っている苗字が違うのは、ディグルが《
それにしたってまさか、ウィルディとこんな所で出会うとは。
とはいえ、その容姿はオレの知るのとはかなり異なる。『リベリオン/戦禍の夜明け』で登場した時よりも若く、髪も短く、《
そもそもの話《
それは『リベリオン/戦禍の夜明け』において、物語中盤で《サイデリアル》を上回る存在として登場した存在だ。
帝国の四方に散らばる軍団を束ねる存在が《
そしてそれらを束ねる《
そして《
因みに、実際に肩から羽織ってるんじゃなくて該当者を囲むように輪になって浮いている。見栄えを良くする為なんだろうが、あれは何なのだろうか? なんで実際に浮いているんだ? 謎技術だ。
……さて、現実逃避はこのくらいにしよう。
それよりも、だ。
ウィルディは軍人の模範といえるほどきっちりとした姿勢に、服装を整えている。そして随所随所に、やたらと光沢のある重厚な
なんで
ウィルディも、他の部分は全く肌を見せていないにも関わらず下側の服、特にふとももの内側が大きく露わになるようにスリットがあった。多分、角度によっては尻も見えると思う。
だが、誰もそのことにツッコマねぇ。これが女性軍人の正装かと思えば、他の面々はそんな格好してねぇしよ。
元々『リベリオン/戦禍の夜明け』は女性キャラに関しては、やたらと露出度が高い。中には
その系譜を継いでるのか『シャヘル=シャレム/薄明の境界線』の主人公のメリスもまた、作中ではかなり露出の多い衣装を身に纏っていた。オレが苦言を呈したせいか、今はそうでもねぇけど。
オレは『リベリオン/戦禍の夜明け』の正当な読者、えっちい衣装は大歓迎だ。むしろもっとくれ。
でも、こうして直接見ると露出狂にしか見えねぇ。正直目のやり場に困る。
そんな風に見ていたのがいけなかったのか。
オレは次の瞬間、思い切り顔面に蹴りを加えられた。
「問われたのであれば、答えるのが規則だろう。どこをみている愚か者め」
「それは、申し訳ございませんでしたね」
「! ほう、防いだのか」
危うく顔面にクリーンヒットしそうだった。体罰は流行らねぇっての!
オレが受け止めたのを見て、ニヤリと笑うウィルディ。
あの、かっこつけてるとこ悪いが黒い下着隙間から見えてますよ。言ったら殺されるから言わねぇけど。
ウィルディは何事もなかったように、足を下ろして問いかける。
「それで? 一体何の騒ぎだ?」
「ここで食事を取っていたら後から来たそちらが、横暴にも席を譲れといった所存でございます」
「ほう、それは事実か?」
「我々は礼儀を知らぬアスデブリに、身をもって教えてやろうとしていた所です! 奴等が同じ席につくなど言語道断! それをわからせてやろうとした所です!」
問われたカエルム人が答える。
その言葉を聞いたウィルディが鼻を鳴らす。
「やめておけ、分が悪いぞ。そこのそいつは、前の赴任地ではそれなりに名の知れた戦士だ。かの《99人斬り》のバルザック……、最近では《サイデリアル》を殺した相手ともタメを張ったほどのな」
その言葉にカエルム人の兵士がざわめき出す。
うーん、やっぱ《99人斬り》って語呂悪いな。《百人斬り》の方が……いや、そうなるとオレが死ぬことになるな。てか、バルザックのやろうもう《サイデリアル》を倒してたの!?
なら絶対《火焔魂/イフリート》も奪われてんじゃねぇか! やべぇ、次会ったら本当にオレ死ぬかもしれん。
「そもそもアスデブリであろうとも、カエレスティス帝国に属する軍人だ。ならば、ここを使う権利はあるということだ」
「それは確かにそうかもしれませんが、我々はカエルム人ですよ!? こんな、奴等と席を同じにすることは許容できません!」
兵士は尚もウィルディに食い下がる。
その様子を口を挟むことなく見ることしかできない。良い加減諦めてくれねぇかな。
「民族に誇りを持つことは良いことだ。だが、それで目を曇らせては本末転倒である。しかし、貴様の言い分にも一理あるとする者が多いのだろう。文句があるのであれば、武で持ってして示せ。此処で必要なのは、力だけだ」
「良いでしょう。誇張表現をしたアスデブリに、現実をわからせてやります」
「え、これ戦う流れ?」
話を右から左に聞き流していると、どうやら決闘することになった。
力で解決ってやっぱ脳筋じゃねぇか! 拒否権は? ねぇですか、さいですか。
帝国はやっぱり蛮族なのでは?
さらばオレの飯。悲しげに腹の音が鳴ったのだった。
かくして流れでオレは兵士と決闘することになった。
おいおい、人類には言葉があるんだから会話で解決しようぜ。なんで進んだ技術を持つのに、こういった解決方法は野蛮なんだよ。
「ったく、やっとこさ落ち着いて飯食えると思ったのによぉ」
「いやいや、ゲドウ。たいへんだなぁ〜、こんなことになっちまうなんて」
「オメェが
「そうだったか?」
ライフのやろう……!
「お二人ともそれどころじゃありませんよ。知らないのですか? 相手はカエルム人兵士にしては手だれで、危険種の灰爪熊も倒したことがある人物ですよ」
「……」
リグが説明して、バレルがこくりと頷く。
てか思い出したんだが、バレルを見た時の既視感がわかった。こいつ、『リベリオン/戦禍の夜明け』でウィルディが登場した時の
原作では存在感はあっても名前すら出て来ず、
「ほーん、なら問題ねぇな」
「いやいや問題ありますよ!? いくらあなたが有角獣を倒したって言っても相手が悪い!」
「まぁ、なんとかなるだろ。安心しろよ、リグ」
そんなことよりも、戦いに集中しねぇとな。
オレは心配性な同僚の肩を安心させるように叩く。
実際、バルザックやクロエとの戦いを経たオレにとって、あんなカエルム兵士は脅威とは思えなかった。こちとら、既に何人も
オレは前に歩み出る。カエルム人兵士は明らかに蔑みながら笑う。
「ふん、逃げなかったのは褒めてやろう。アスデブリが」
「そりゃどうも。そっちこそ、やめるなら今だぜ?」
「へらず口を。すぐにその面を苦痛と屈辱に顔を歪ませて……やらなくても元から悪いな」
「殺すぞ」
誰の顔が悪人面だって?
オレの凄みに圧を感じたのか、一歩
「ふ、ふん。そのような脅しが効くものか。それよりもさっさと選べ」
「あん? 選ぶ?」
「単なる試合で、刃物使う訳にはいかないからな。貴様もさっさと刃の潰れた武器にしろってんだ。そっちのな。よろしいですか、バレットトリガー様」
「……あぁ、問題はない」
なるほど、最低限の礼節はあるらしいな。
指差された籠に入れられていた武器を吟味し、その中から一本槍を取る。
「貴様、その武器で良いか?」
「? えぇ」
「そうか」
え、何なんか気に入らない事あったのか?
ウィルディは、オレの答えに簡素に言葉だけ返し、それ以上何も言わなかった。
「勝利条件は相手の武器の破壊、あるいは降参させることだ。では、始め!」
ウィルディの号令の下、互いの得物を打ち合う。
そして直ぐに違和感に気づいた。
「こいつは……」
「は! おれの腕に驚いたか!? だが、後悔しても遅いぞ!」
オレが声をあげたのは、別に相手技量に驚いたからじゃねぇ。
問題はオレの武器の方だ。初撃で気付いたが、この槍、
つまり、細工を施していた武器を態と選ばせやがった。
「つまらねぇ真似しやがるぜ、全く」
「何を呟いている? 不様な降参宣言ならば、もっと大きな声で言うべきものだな!」
おかげでまともに受けあえば、穂先がポロッと取れちまう。模擬戦だの何だのと理由をつけて、これをオレに使わせるのが目的だったか。
ちらりと、オレは審判であるウィルディを見るも止める様子はない。
これは別に気付いてないからじゃねぇな。ウィルディは気付いていた。その上で、良いかと念押しした。これで気付かなかったのはオレ自身の不覚だな。
「どこを見ている? そんな余裕が貴様にあるのか!?」
「ぐっ」
「はっ! まともに受けることも出来んのか! だが、一思いには決めない。じわじわと、思い上がったアスデブリに目に物をみせてくれるわ!」
相手からの猛撃を、オレはうまいこと避けることしかできない。まともに受ければ、オレの槍も耐えきれず折れるかもしれない。
「だったら、まともに付き合う必要はねぇよなぁ」
「!? 貴様何を!」
「どっせい!」
「がぁっ!!?」
所謂巴投げの要領で、斬り掛かってきた相手を放り投げる。地面に叩きつけられた衝撃で、武器を手放す。それをオレはキャッチした。
「得物が違うが、良い武器だな。これなら問題なさそうだ」
「貴様! おれの武器を!」
「そういうなや。不満ならこれをくれてやるよ」
元々持っていた槍を放り渡す。受け取ったは良いが、それが逆輪が緩んだのであると知っているのだろう。ぎりっと歯を食いしばっていた。
うーむ、不等価交換ってやつだがな。
「武器で戦うのではなく、投げ飛ばすとは卑怯者めッ!」
「おいおい、バレットリガー殿は実戦と思ってと言っただろう? 格式ばった決闘じゃねぇんだ、何をしようが実戦じゃ卑怯だのなんだのは通じねぇ。オメェ、晶獣相手にも礼儀作法を求めるつもりか?」
「このッ」
「どうでも良いが、戦闘中におしゃべりは厳禁だぜ?」
バルザック仕込み剣術、気合い一閃。
オレの振るった剣に相手の槍が耐え切れず、折れた。
「ば、ばかなっ。アスデブリ風情に、このおれが負けるだなんてッ……!?」
「バカでもなんでもねぇ。これが現実だ。で? オレとしてはそろそろ矛をほさめてもらいたいんだが?」
「ぐっ、誇り高き純カエルム人のおれが! アスデブリ如きに屈することはない!」
「場面さえ違えばカッコいい物言いだったんだがなぁ。生憎と今言っても負け惜しみなしか聞こえねぇよ」
確かに、腐っても此処に勤めていただけあって
まぁ、最近やたらと強い奴にあってばかりやり合っていたのもあるだろうけど。
「そこまでだ。勝者は、ゲドウ・マルドラーク」
「うおぉぉぉぉ!!!」
「マジか! 勝っちまったぜ!!」
「つぇぇ、つぇぇよアイツ。オレらアスデブリの星だ!」
ウィルディの宣言に、湧き上がる歓声。
あげているのはアスデブリだけだ。カエルム人の方は皆、一様に絶句してやがる。
「終わりだな。武器は立派なんだからよ、もっとそれを扱う自身の技量を鍛えるんだな。じゃないと、オメェ遠からずに死ぬことになるぜ」
「くそ、くそ、くそ、認められるかぁぁぁっ!!」
すると、相手が懐からナイフを取り出してオレに向かって来やがった。
そりゃ、確かに軍人だから短剣の一つや二つ持ってるだろうが、勝負がついたってのに向かってくるか普通? どんだけプライドが高いんだよ。
「死ねぇぇぇっ、がっ!!?」
「お?」
「〝
突如として現れた鎖が、相手の四肢を拘束する。
その発生源は、ウィルディだった。
「私がそこまでだと言ったのだ。軍人であるならば、上官の命令に従え。未熟者めが」
そのまま相手の四肢を拘束する手錠へと変化する。
「なんだあれ、化け物かよ……」
「あれが
ライフが慄き、リグがぽつりと呟いた。
オレもまたその
ありとあらゆる形態に瞬時に変形が可能な、特殊な液体金属によって構成された
《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》は水銀以上の質量と
ウィルディが纏っている鎧すら、あくまで一形態に過ぎない。ウィルディの動作一つで、
本当に恐ろしいのは、この状態ですらウィルディが
「《
「はっ、了解しましたぜ。上官殿」
「わかったならば、貴様もその武器はもう置いておけ。おい、気絶したそいつも医務室に連れて行け」
「りょ、了解です!」
ウィルディの命令に観戦していた兵士が、オレの対戦相手を運んでいく。
やれやれやっと終わったか。ようやく飯を食える。もう冷めちまってるだろうけどな。オレはその場を離れようとする。
「貴様、何処に行く?」
「はい? もう勝負はついたんですぜ。なら、食事に戻ろうと」
「馬鹿を言うな。決闘は確かに許可したが、それはそれとして騒ぎを起こした始末書はせねばならん。そのような暇はないぞ」
うっそだろ、普通そこは不問とするとかじゃねぇのかよ!?
「わかったならばついて来い。おい、貴様ら。アスデブリが使うことに、もうとやかく言うんじゃないぞ。これは命令だ」
周囲のカエルム人兵士は、不承不満ながらも敬礼していた。
そしてオレはそのままウィルディに連れられて、始末書を書くために向かうことになる。
ひでぇよ……、オレ巻き込まれただけなのに。