一先ずメリスを匿ったあと、オレは軍人としての仕事に勤めていた。
朝起きた時、部屋を覗いたがメリスは眠っていた。よっぽど疲れていたのだろう。起こすのを憚られたオレは、朝飯だけ作って起きた時に食べられるように側に用意した。
何故メリスが起きるのを待って一緒に食わないのかって?
仕事だよ仕事。
悲しいかな、国に属している以上働く義務がある。前世と違って働けなくとも国が保護してくれる訳がなく、こっちじゃ働かなければ文字通り死ぬしかない。
そして〝アスデブリ〟が働ける仕事なんて知れている訳で、死にたくないオレは自らを鍛える意味でも兵士を選ぶしかなかった。
「くっそ、しつけぇぞッ!」
<ガロロロロッ!>
何匹めかわからない雄叫びをあげる生物を叩き斬っても、次から次へと現れる。
きっつ。
いや、まじキッツ!
今更だがこの世界は、不思議に満ちている。
そもそも、何にでもなる不可思議な《
人を丸呑み出来る狼に、森そのものが角の鹿、或いは人に匹敵する大きさの虫に、ファンタジーにはお約束のドラゴンだっていやがる。反面、猫耳や尻尾を持つ亜人系はいない。まぁ、
そんな明らかに一般人が生きていく上で過酷な世界で、オレは危険な晶獣退治に赴かされていた。
嫌がらせかよ。
嫌がらせだったわ。どうせ帝国からすれば〝アスデブリ〟だなんて使い捨ての弾くらいの価値しかねぇからな。はっはっは……くそが!
しかも武器も悪い。本当に最低限の性能しかねぇ。
いや、そもそも〝アスデブリ〟にまともな武器が渡されるはずもないか。そんでもって、オレよりも上の装備を配られていたはずのカエルム人兵士に至っては既にそこらで地面の滲みと化している。
オメェらオレより上等な武器があるんだから、もう少し粘れよな!!!
元々、駐屯軍は質が悪いと『リベリオン/戦禍の夜明け』で語られてたから知っていたとはいえ、流石にこれはひどい。おかげでトリンガース区には、正規の軍隊でまともに働けるのがオレとあと一人しかいねぇ。
付近にはまだまだいる晶獣の群れ。これは殲滅するのに時間がかかりそうだ。
<ギャルルルッ!>
「あーくそ! 狩っても狩っても湧いて来やがる! さっさと帰る予定だったってのによぉ!?」
泣き言を言いつつも、オレは槍を振るう。
これで何匹目だ? 20から先は覚えていねぇぞ。
そんな風に考えていたのがいけなかったのか。オレの槍は晶獣を仕留め損ねた。
「やべっ、血と脂で切れ味が落ちていたかっ」
<ギャルルゥゥゥッ!>
傷つけられた怒りからか、鋭い爪でオレのことを八つ裂きにしようとする。まずい、とりあえず致命傷は避けねえと……!
「どうらぁぁぁぁぁッッッ!」
<ギッ!?>
オレではない別の男の雄叫び。
そいつはオレの槍を防いでいた強靭な鱗を持つ晶獣を縦に真っ二つにした。
二つに分かれた晶獣の身体の先に、一人の男がいた。
短く生え揃えた髪に、精悍な顔つきをしたガタイの良い男だ。ソイツはオレを見ると、ニッと爽やかな笑みを浮かべた。
「よぅ、兄弟? 戦闘中に何やら難しい顔してるじゃないか。だめだぜ、気を抜いてちゃな」
男は馴れ馴れしく肩に手を回して、話しかけてくる。
オレは助かったことに安堵と、その馴れ馴れしい態度に呆れを含めながらその名を呼んだ。
「そりゃ、あれだけ偉そうにしていた野郎どもがこの体たらくじゃため息の一つも吐きたくもなるだろうがよ、バルザック」
バルザック。
バルザック・ダレイオス。
それは『リベリオン/戦禍の夜明け』において重要なキャラクターだ。
今更だが、『リベリオン/戦禍の夜明け』の主人公シドウ・皇・オリエントは、カエレスティス帝国の横暴に対して反抗する勢力である革命軍、その中にある暗殺部隊《エニアグラム》に所属している。
バルザックは《エニアグラム》においても主人公シドウにとって兄貴分を務め、また壮絶な最期を遂げた作中でも上位の人気キャラだ。
でだ、このキャラは原作開始時には革命軍側にいた。
元々作中でも元帝国軍人であることは本人の口からも語られていた。そんなバルザックが未だに軍に属しているということは、国を見限る出来事となった上官殺しはまだ起きていないと言うことだ。
そしてオレは、そんなバルザックと面識がありこうして会話を交わす程度には親しみのある仲でもある。
「確かにあれは酷かったな。意気揚々としゃしゃり出て、袋叩きにあってやがったしな。だが、俺にはお前が他のことに悩んでいるように見えたぜ?」
「そんなことはねぇよ。オメェの気のせいだ」
「いやいや、小難しい顔をしていたぜ。傍から見りゃ、睨んでたみたいだ。お前、ただでさえ顔の刺青のせいで怖がられてるのに、そんな風な顔すりゃ、さも今から犯罪犯しますよって感じになるぜ」
「うっせぇ、顔の悪さはしってるっつうの! この間も、安い食品がないか吟味してたら通報されたわ!」
「お、おぉ……そりゃ災難だったな……」
同情すんな! 余計悲しくなるわ!
くっそ、この顔のせいでメリスともまだ打ち解けられてねぇしよ。つーか、あいつそろそろ起きたのか?
「まーた難しい顔しやがって。悩んでいるならよ、どうだ? 作戦が終わった後に一戦やり合うのは? 悩み事があるなら、身体動かしゃスッキリするもんだぜ」
「さっき晶獣を倒したばかりなんだが」
「まぁまぁ、良いじゃねぇか。あの程度で根をあげるほど、柔じゃないだろ? それに、この辺りで俺とマトモに打ち合えるの、もうお前しかいないんだからよ」
オレが曲がりなりにもこの世界で戦う技術を得られたのはバルザックのおかげだ。
まぁ、めちゃくちゃスパルタだったが。このおかげでかなり実践的な動きも出来るようになった。
やっぱりアニキと呼ぶに相応しい漢だ。
……でもなぁ。時より妙な視線を感じるんだよなぁ。特に尻に。
そしてその視線はバルザックだけじゃねぇ。気付けば血の匂いに誘われたのか数多の晶獣がオレ達を取り囲んでいた。
<ゴルルルッ!>
「ま、会話もそこそこにして……先ずはこの辺りの晶獣を何とかするのが先か!」
「ちげぇねぇなッ!」
この後、バルザックと一緒になって晶獣どもを片付け始めた。
暫し時間が過ぎ、やがて辺りに集まってきた晶獣どもを殲滅し終え、オレ達は息を吐いた。
「ふぅ、それにしても良い汗かいたな。どうだ? このまま一緒に風呂にでも」
「遠慮するわ」
頬を染めながら提案すんじゃねぇ!
やっぱそうだ。バルザックはなぁ、その頼り甲斐っぷりから兄貴と呼ばれているが同時にそっちの気がある
おかげでこいつとの鍛錬の最中悪寒が走ったことは両の手じゃ数えきれねぇ。それに目をつぶってでもバルザックとの鍛錬には、メリットがあったんだが最近は貞操の危機を感じてならねぇ。
「うぅむ、そうか。残念だ。背中を預けた者同士、互いに背中でも洗ってやろうかと思ったんだがなぁ」
「やめろ、尻を触ろうとするな!」
「残念だ」
オレは確かにバルザックのことを好ましくは思っているが、それはlikeの方であってLoveの方じゃねぇんだよ! likeも友人としてだ!
バルザックは残念そうに肩をすくめる。
ほんと油断も隙もあったもんじゃねぇ。
はぁ、と溜息をつく。だがここでバルザックと同じ任務につけたのは都合が良いのには違いない。
「なぁ、バルザック。最近、妙なこととか起きてるって聞いたことないか?」
「妙なこと?」
さりげなく尋ねたのは話題変換と共に、探りを入れる為だった。
「突然なんだ? しかも、曖昧じゃねぇか」
「あー……オレの行きつけの店主がな。見たことない兵士を見たって騒いでいてな。なんかあったのかと思ってな」
適当に理由をでっち上げる。
兵士を見たのは、嘘だ。だか、それを言ったのには目的がある。
「兵士なぁ。あぁ、確かにここら辺では最近みない兵士達を見かけたな。新しく配属されたのかと思って話しかけたが、素っ気なく無視されちまったぜ」
「へぇ、オメェが見たことないのならやっぱりこの辺りの兵士じゃねぇんだろうな」
バルザックは顔が広い。
実際、面倒見の良い性格で、不正を許さない性格のせいで腐り切っているこの辺りのカエルム軍人には嫌われている。だが、区の
結果は聞いての通り、見たことがない兵士がいるという。
メリスを拾ったのは昨日だ。つまり、すぐにバルザックも顔の知らない兵士が此処らを彷徨いていたという。
十中八九、メリスの追っ手だろう。
ゲームでも、メリスの捜索に部隊を割いていた描写があったので何かあるだろうとは思っていたが思った以上に手が早いことに舌打ちする。
「まぁ、代物が代物だ。そりゃ必死にもなるか」
何せ、メリスは
メリスを囚えていたカエレスティス帝国の組織、《
絶大な力を得られる
メリスはカエルム人の血を引いている。だが、それは半分だけ。つまりはハーフだ。そんな彼女は格好の実験対象だ。
メリスの
だったら、そんなの実験体に埋め込むなって話だ。もっとも、オレの想像が正しければメリスに
ナクア・メルキオール。
《
そんな奴がメリスに執着している。
理由は《悪魔の心臓/デモゴルゴン》という、制作されて以来装着した者を悉く発狂させ、一度たりとも適合者が現れなかった不良品の烙印を押された
その結果、力を振るわれて逃げられてるんだからざまぁねぇな。
「だが、見たことのない装備をした兵士を見るなんざザラにあるだろ? この間も《
「あぁ、確かにな。オレはちょうど運悪く見られなかったが」
今更だが、
作中じゃ、出てくるキャラクターの殆どが
「ま、そんな奴等気にするよりも俺の方を見ろよ。この上腕二頭筋、更に鍛えられたおかげで張りも力も増したんだ。どうだ? 触ってみるか?」
「暑苦しいから近寄るな」
「ふっ、ゲドウ。お前もまだまだ鍛えるんだな。俺の目が正しければ、お前ももっと良い筋肉になれるぞ。特に腿の辺りがまだ改善の余地が」
「触ろうとすんじゃねぇよ!」
バルザックの手を跳ね除ける。
良いヤツなのは間違いないけど、任務の時以外あんま一緒にいたくねぇな。マジで喰われそうだ。そっちの意味で。
とにかく、情報は得た。帰ったらこのことをメリスに告げないといけねぇな。
不必要に外に出て見つかれば即BAD ENDだ。
こんな序盤で終わるとか冗談にもならねぇ。
そんな風に考えていたのだが。
「ふぅー、ま、そうなるか」
予期していたことではある。
仕事から帰って来て、オレはメリスが寝ていた部屋に入った。扉の前に置かれていた料理の入った皿は片付けられていた。
だが、その部屋に肝心のメリスがいない。
荒らされた様子はない。
メリスが自分の意思で出て行ったことが明白だった。
「だが、まだ最悪ではねぇな」
外は小雨がパラパラと降ってき始めているのに窓の開いた部屋が濡れてないことからまだそう時間が経ってない。
「へっ、舐めるなよ。こちとらこの区に配属されて何年経つと思ってるんだ!」
外に出る。
すぐさまオレはメリスの後を追いかけた。
空模様は、これから先の未来を示すかのように暗雲の土砂降りだった。