カエレスティス帝国には様々な機関が存在する。
国そのものの行く末を決める皇帝を始めとした行政機関に各種統治機構。それらは高度に組織化され、拡大する領土に伴い、常日頃から膨大とも言える仕事を処理する必要があった。
中でも帝国が一際力を入れているのが医療技術と武器開発部門である。
世界の3分の1を支配しているといっても良い帝国であるが、度重なる戦争による被害は決して無視出来るものではなく、じわじわと真綿で首を絞めるかのように財政に影響を与えてはいた。
確かに虎の子である
だが、その半数は長きに渡る戦乱により行方知れずとなっており、更には敵対する勢力に渡っていることもあり、それにより大きな損害を受けたこともあった。
近年は、帝国に対抗する為に幾つもの国家が同盟を組むこともあり、領土拡張の方も停滞しつつある。
それ故に
しかし、その筆頭であった《
そこで注目を集めているのが
同時にメリスが配属された場所である。
《レイ=スペクトール工廠》とは別の、宰相セレスティアラによって作られたこの組織は、日夜新たな兵器の開発に勤しんでいた。
「そこッ!」
そんな《
メリスは
<ジ、ジジジ……>
「よし。……あ」
順調そのもの、絡繰人形を次々と撃破するも途中で
「ねぇ、トイープ。また壊れたんだけど」
「えぇ〜!? またかいっ!?」
メリスの言葉に、《
「扱いが雑なんだよぉ〜! もっと丁寧に扱ってくれたまえよぉ。それこそハンカチで包んで、幼子に頬の涙を拭いてやるくらいに扱ってくれたまえよぉ!」
「それ、武器としての本質忘れてない?」
「ボクにとってそれは我が子も同然なんだよ。よよよ、かわいそうにボクの
見せていた涙はどこへやら、直ぐに研究者の顔となる。
「ずっとその顔でいたら尊敬しないであげても良いのに」
「にぇ〜!? むりむり! なんであたしに全部向かってくるのぉ〜!!?」
呆れていると、情けない悲鳴が聞こえてくる。
《サイデリアル》ではなく、《
ニェーニも
「うむぅ? 誤作動かい? おかしいねぇ、メンテナンスは昨日したばかりなんだがねぇ」
「ほんとうに、運の悪さの相変わらずね」
「どうでも良いからはやく止めてぇ〜!?」
泣き言を言うニェーニを、ため息を吐きながらメリスは助けるのだった。
「お疲れ様です。《
「お〜やまぁ、中々に豪華じゃないか。ちなみに差出人は?」
「ヴァンサン・フーディ卿ですね」
「え。それってつまり……」
「つ、つかれた……。あ! チーズなんて良いじゃない! もらうわね!」
名前を聞いた途端に身構えるメリス。
対してそこに疲れ果てたニェーニがやってきて、なんの疑問もなくチーズを口に含んだ。
「んぅ〜! すっごく濃厚で美味しい! 食べたことない味だわ! ん? でも、なんかプチプチと弾ける食感が……、これってな……に…………」
疑問に思ったニェーニが手に残るチーズを覗き見る。
そこにあったのは美味しそうなチーズと、中を縦横無尽に蠢く
「に〝ぇ〝ッ」
「ニェーニ!!?」
自分が何を食べたのか悟ったニェーニ、哀れ彼女はそのまま卒倒した。トイープはしげしげとチーズを観察する。
「これは確か
「わたしも絶対食べないから」
「ではしまっときますね」
何事もなかったかのように、ヴェルヌントがチーズをしまう。犠牲になったのは、ニェーニだけである。
「随分と退屈そうじゃぁ〜な〜いか?」
「そりゃ、来る日も来る日も同じことの繰り返しだもの。わたしは強くなる、そう決めたのに。相手をするのはヒトもどきの、絡繰り人形ばっかり」
これで歯応えがあるなら別だったが、相手は意志のない絡繰人形。たまに兵士が来ても、メリスには遠く及ばない。
「ふぅ〜む。やっぱり、君が焦がれている彼と離れたのが不満なのかなぁ?」
「んな!? こ、焦がれてるって……!?」
「おやお〜や、当たりかい? んふふ〜、この天才美少女にかかれば恋模様について見抜くことなどお茶の子とさいさいさぁ」
「嘘つかないでください。貴方、恋したことないでしょう」
戻ってきたヴェルヌントは、メリスに紅茶を渡す。
メリスはぺこり、とヴェルヌントに頭を下げた。一方で否定されたトイープは、不満気に唇を尖らせる。
「なら、きみはどうなんだい? モルモットくぅ〜ん? きみは胸が高鳴る恋をしたことがあるのかね?」
「生憎と必要がございませんので。恋は、所詮生物が繁殖するための手段に過ぎません。当方には、
「ボクより人の心がないことを言うねぇ、きみ……」
「えぇ……」
流石に常識人のヴェルヌントからそんな、にべもない返答が来ると思っていなかったので、メリスも何とも言えなくなる。
「でもまぁ、確かに気にはかかるねぇ。なにせ、彼が派遣されたところは帝国でも屈指の危険地帯だからね」
「そんなにやばいの?」
「そうだねぇ〜。晶獣がひしめき合うし、アスデブリの死傷率もやばい、正に激戦区と言っても過言ではないねぇ」
「やっぱそうなんだ……」
ゲドウが異動となったカンネビュラ大樹海は、かつて一緒に通っていたオルビス大森林よりも、遥かに危険かつ広大な樹海と聞いていた。ゲドウのことは信頼しているし、強さのこともわかっているけども、それでも心配してしまう。
『なんだそんなにもあの男が心配か? くかか、ワレからすれば多少痛い目にあえばいい。何せ、あやつは不敬にもワレに、何度も雷を喰らわせてきよったからなぁ』
「ふんっ」
『ぐへぇあっ!?』
「いかがいたしましたか。急に胸を叩いて」
《悪魔の心臓/デモゴルゴン》が嘲笑うのを物理で黙らせる。側から見て奇行なので、ヴェルヌントが心配する。メリスはなんでもない、と手を振った。
「ふぅむ。仕方ないねぇ」
その様子を見たトイープが考え込む。
「確かに
「貴方。そんなこと言って、本当は貴重な晶獣の素材を欲しがっているだけでしょう」
ヴェルヌントがトイープの言葉を、ばっさり切り捨てる。
「人聞きの悪いことを言わないでほしいなぁ、モルモットくぅん。ボクはひとえにこの国を想ってこそさぁ。人々は晶獣を退治されて助かる。メリスくんは、ゲドウ氏に会えて喜ぶ。ボクは晶獣の素材が手に入って嬉しい。みんな、ハッピーハッピーハッピィ〜ではないかい?」
「確かに仰ることは正しいですね。ただ、あそこは《
「大丈夫だよ〜、東の《
「……因みに口約束で?」
「当然だろぉ? ボクが殿下の指示なしに、勝手に新兵器の融通なんてするわけないじゃないかぁ?」
悪びれもせず、約束を反故すると語るトイープ。最も、彼女からすれば証拠もない単なる世間話──それも向こうが勘違いしただけの話だ。
「そんなんだから敵を増やすのですよ。学院から追い出された理由がわからないのですか?」
「違うねぇ、自ら出て行ったんだよ。もう得るものはなかったからかねぇ」
「学院?」
「そぉ〜ともぉ! 帝国屈指の学院さぁ! セレスティアラ殿下も通っていたところだぁよ。そういえば、きみも何処かに通っていたのかい? 言葉使いもかなり流暢だし、頭の回転の悪くないよねぇ?」
無駄に語彙量が増えたのはナクアの所為である。
彼は、メリスに人体実験を行う際に今から何をするのか、それがどうやって作られたのかを長々と語っていたのだ。
「わるいけど、あんまり思い出したくないの。それよりも行くって、どうやって? ここからじゃ、ゲドウのいるところまでかなり距離があるんじゃ」
「ふっふっふ、実はそれも問題ないのさ。来たまえ」
したり顔でトイープは笑い、メリスを《
「……え、なにこれ?」
「じゃ〜ん! みたまえ! これが帝国の次世代の交通手段である、〝
そこにあったのは、奇妙な物体。
ゲドウから見れば、タイヤのないバイクであると語っただろう。タイヤ部分は代わりに円形のリングが取り付けられ、後部には大型の推進ユニットが備え付けられ、車体の半分を占めている。
一目見て異形の形に、メリスも困惑した。
「のんのん。コイツをこれまでの晶獣を使った存在と、一緒にしてもらっては困るねぇ。これはね、個人で操作できる移動手段なのだよ。百聞は一見にしかず、とりあえず乗ってみなよぉ」
そのまま言われるがまま、ハンドルを軽く捻る。
「わわっ!?」
もちろんそれはメリスの足首程度の高さではあるが、確かに浮いている。
「驚いたかい? 〝走行騎ケプラー〟は
「代わりに1台あたりの値段が、凄まじいことになってますけどね」
いつもの調子で話す二人に対して、メリスは複雑そうな顔をした。
カエルム人はプライドが高い。しかし、やはりその技術力の高さには目を見張るものがあった。
「ま、それはそれとしてまずは慣れないと話にならないけどねぇ。で、どうだい? やる気はあるかい?」
「もちろん、やるよ」
これを扱えるようになれば、これまでよりも早いスピードで移動することができる。
そしてなにより。
「なんか、カッコいい……! ゲドウとあったら、後ろに乗せてあげて一緒に
目を輝かせる、そんな野望を胸にメリスは、〝走行騎ケプラー〟の練習に励むのであった。
「わ、わわわ!? 飛んでる、すごっ、あたし飛んでるわ! 飛んで……いや、飛びすぎぃ!? た、たたた、たすけてぇ〜!!!」
途中不具合でもおきたのか、ニェーニの乗った〝走行騎ケプラー〟が暴走することがあったものの、メリスは着実に腕を磨き続けるのであった。
向かう先は、カエレスティス帝国南方、カンネビュラ大樹海。