「納得いきません」
パイオニア駐屯地。
そこで最も位の高い《
ウィルディは正直言って、この部屋が好きではなかった。
己の権力を誇示するように金をかけただけの品々を飾っているだけで、規則性や調和が皆無。キラキラと眩いばかりで目に優しくない。
対面しているのは、大凡鍛え抜かれた軍人とは言い難い腹に贅肉を蓄え、自らの武勇を誇るように胸元に大量の勲章をつけた男。そして、男を囲むように浮遊する輪から垂れ下がる朱色のマントをたなびかせていた。
《
この南方における最高責任者であるガメツイ将軍は、無駄に艶やかな口髭を撫でつける。
「何故このタイミングで大樹海の調査なのですか。我々は、先の戦いでの被害から立ち直るには、今しばらく時間が要ります」
「のんのん、わかっていないね。君たちバレットリガー隊とて、全員が常に動いているわけではなかろう? 予備兵力がいるはずだ。それを使えば良い」
「……駐屯地の防衛はどうするのですか。最近はやたらと、晶獣からの攻勢が多い。当然武器も薬や食糧も消耗しております。手だれの我々が全ていなくなるとなれば、不測の事態に対応できません」
「問題あるまい。この駐屯地に張り巡らされた防衛網と、備える優秀な兵士たちがいる。問題はあるまい」
「ですが、確実性には欠けます。なにせ、今この駐屯地に勤めている軍人らは、ほとんどカンネビュラ大樹海に入っては──」
「問題ないと言っているだろう? それに仮に晶獣が攻めてきても、アスデブリを盾にすれば、駐屯地の防衛など容易い」
その言葉に、ウィルディは拳を握りしめる。
(字面を見ただけで現場を理解した気になっている愚か者め!)
内心で毒吐く。
確かにアスデブリは、いくらでも代えがきく。だがそれはあくまで単純な肉体労働での話だ。軍人のアスデブリとなれば、その損耗率の高さから生き残り続けるのが難しい。
さらに手だれとなると貴重だ。ともすれば、このパイオニア駐屯地では、カエルム人の兵士よりも実践慣れしている者も少なくない。それらを盾にし、無為に失えば帝国にとっても損だというのにガメツイ将軍はわかっていない。
「カンネビュラ大樹海の新規開拓、実にめでたい。なら、それをより確実にするために調査を進めるのは当然のことであろう?」
その言葉自体には、ウィルディも否定しない。
しかし、目の前の男がそんな軍人の鑑のような人物でないことも理解している。なら、ガメツイ将軍がこんなことを言い出した理由は一つ。
前回のカンネビュラ大樹海への新領域開拓の際に、希少価値の非常に高いとある晶獣の痕跡が確認されたからだ。
《
あらゆる物を貫く強度を誇る角は、
帝国の歴史でも、討伐成功例は
そんな存在の痕跡が、見つかったのだ。
当然、金に
「だとしても、カンネビュラは未だその7割も解明されていません。やはり、部隊が完全に整ってから……!」
「きみたちは、ここらでは敵なしだった《
確かにウィルディの実力も、自ら率いる部隊の練度の高さもある。
だが、それは違う。
あの男、ゲドウ・マルドラークがいたからだ。
《99人斬り》のバルザック討伐作戦でも参加し、他全員が戦死した中唯一生き残った男。
ここへの左遷の発端となった《要人殺し》のクロエ・ドットサイトと《怪力》のマチルダと交戦し、相手の
更に遡れば、《霹靂の白昼夢》における唯一の生存者。
つまりはそれだけの相手と戦い、全てにおいて生き残っているのだ。死傷率が高いアスデブリとしては異常な生存率だ。
「とにかくこれは命令だ、ウィルディ・バレットリガー。大樹海の新規開拓には、多くの商人も注目しているのだ。わしを失望させることはしないでくれたまえ」
「……了解いたしました」
「うむ、結構だ。結果如何では、バレットリガー家の汚名をそそげるかもしれんぞ。せいぜい、頑張るのだな」
「……!」
その言葉に、ウィルディは射殺さんばかりに睨みつけた。
だがガメツイ将軍は振り返ることもせず、そのまま隣の部屋にへと去っていく。その扉の隙間から、贅沢の限りを尽くし、欲望に目を滾らせた商人たちの姿が見えた。
「愚物めが。金に物を言わせ、地位を買っただけの成金が」
小声で悪態吐く。
その間に頭に過ぎるのは先ほどの言葉。
バレットリガー家の汚名をそそげるかもしれないという、囁き。
「……くそっ」
バレットリガー家なんぞ、どうでも良い。
そう否定できない己の弱さに何よりも苛立った。
◇◇◇
何度目かになるカンネビュラ大樹海への、新規開拓。またもオレはバレットリガー隊と一緒だった。
なんでも、優れた戦力を遊ばせておく暇がないからだとか。
評価されるのは嬉しいが、その度に死地に放り込まれるのはたまったもんじゃねぇよ。今更ながらに、駐屯地に待機させられているライフたちが羨ましくなってきた。
しかも何度か新規開拓の際に仮拠点を作っているのだが、その全てが異常繁殖した植物によって、押し潰されていた。
やばくない? 植物の成長早すぎだろ、オレまだカンネビュラ大樹海舐めてたかもしれん。
必然的に、部隊は強行軍を取ることとなる。当然、疲労も溜まっていく。
「ふぃ〜、楽ちん楽ちん」
「だから乗るのやめろって言ってんだよ」
「ゲドくんが、乗りやすい肩をしてるのがわるい」
またもオレに跨って楽をするルルカに釘を刺すが、本人はどこ吹く風だ。本当に自由なやつだな。
周囲の兵士は、同情の視線を向けるだけで助けてくれねぇし。
「おっと」
「ほぎゅっ!?」
足元に障害物があったから避けたら、上から変な悲鳴が聞こえた。
「い、いたぁ……、枝が、枝がぁ。うぅ、ル、ルルカちゃんの頭がぁ……!」
「わ、わりぃ。でも、あんたが乗ってるのが悪いんだぞ」
「むっぷ〜! おこった! ルルカちゃんの怒りをくらうがよろし!」
「やめっ、痛っ、髪をひっぱるな!」
「うるさいぞ、そこの二人! 真面目にしろ!」
即座にウィルディから叱責が飛んできた。
騒いでいたから当然なのだが、その怒声は叱責だけじゃなくて明らかに苛立ちに満ちていた。
「……なんか、ウィルディ隊長ピリピリしてないか?」
「そうだよ、朝からずっとそう。きっと上からの無理な命令のせい」
「中間管理職がキツいのはどこも同じなんだな」
ルルカの言う通り、上から無茶を言われたんだろうな。
最近の新規開拓という名の酷使は、ほんとうに異常だ。何人か離脱者も出ているし、ウィルディは全員の命を預かる者として責任感が、あぁいう態度になってしまっているのだろう。
メリスと大して変わらない年齢で、だ。
その重圧は察するに余りある。
「しゃあねぇ、真面目にやるか」
ぐっ、と手に持つ槍を握りしめる。俺にできるのは、襲いくる晶獣がいたら率先して薙ぎ倒すことくらいだ。
そうして襲いくる晶獣を倒し、進み続けることしばらく。
ぼちぼち負傷者も出てきて、何人か駐屯地に撤退もしていく頃。
「報告! あれを!」
カエルム人兵士からの報告があがった。
言われた報告を向くとそこにいたのは、薄暗い鬱蒼とした大樹海に相応しくない、純白の体毛に一角の角を携えた馬のような晶獣。
《
《
「やはり存在したか! 総員着いてこい! 目標は《
「そういうことかよ!」
目的はあの《
生きた災厄と言える〝星晶霊〟ほどとは言わないが、危険な晶獣相手に戦いたくはないんだがなッ!
『リベリオン/戦禍の夜明け』だって、
そもそもあれは正史じゃ《エニアグラム》のマチルダを殺した《サイデリアル》のメヌエット・メラムプース、その
たとえウィルディが
追いかけるオレたちを横目に、悠々自適に《
『くすくすくす…………』
「……むん?」
走る最中、不意にルルカが樹海の奥へ視線を向ける
「なんだ、どうした?」
「いや、なんか……気のせいかな?
「あぁ? っと、やべぇぞ! 置いていかれる!」
ルルカがよくわからないことを言う。だが、意識を割いている暇はない。結局、オレはこの時の笑い声を見過ごした。
そしてそれを後ほど後悔することになる。