これは記憶だ。
ウィルディ・バレットリガーの幼き記憶。
「まだかな、まだかなぁ」
ウィルディはその日、ソワソワしていた。つらい戦闘訓練も、眠たくなる勉強も、この日ばかりはそれらの疲労が忘れるほど、楽しみにしていた。
窓辺に頬杖をつきながら、何度目かも分からないほど外を覗く。なぜなら今日は、敬愛する姉が帰って来る日だ。
やがて遠くから人影が見えた。
「
「ウィルディか。元気にしていたか?」
帰って来た自らの姉、ディグル・パトリシア・バレットリガー。ウィルディと同じ銀髪を切り揃えた、生真面目そうな軍人。
その正体はカエレスティス帝国の誇る、4人の《
多忙な中、暇を見つけてディグルは帰って来るなり、飛びついてきたウィルディに対して優しげな瞳を向けた。
「おぉ、ディグル。帰ったのか、聞いたぞ。此度も大活躍だったそうではないか!」
「身の程知らずの国が、また一つ
「…………。えぇ、そうですね。父上、母上」
声を聞きつけて現れたのは、2人の両親。贅沢な衣服や貴重品を身につけている。
褒めそやす2人に対して、ディグルの対応はどこかよそよそしかった。
「ねぇ! わたし、お姉ちゃんのお話をもっとよく聞きたいな!」
「お、おい」
そのままグイグイと手を引っ張り、ディグルを連れてその場から離れる。両親も、まぁ後でも良いかと好きにさせた。
やがて、ウィルディは自らの自室に入る。
そこには少女らしさのある部屋に似つかわしくない、
「ふぃー、やっと解放されたね。父様も母様も、話長いよね」
「ウィルディ、あまりわがままは」
「だって、お姉ちゃん。つまらなそうな顔していたよ?」
「……わかるのか?」
「当然! 妹ですから!」
胸を張るウィルディ。
父と母はいつもそうだった。姉が戦果を挙げれば喜び、勲章を得れば喜び、領土を広げれば喜ぶ。
ウィルディもそれが当たり前だと思っていた。だが彼女は姉がそれに喜びを感じていないことを察して連れ出したのだ。
その言葉にディグルは苦笑し、やっと肩の力を抜く。そして、ふと前には無かった装飾を見つけた。
「ウィルディ、あの鎧は? きみらしくない、あんなのは前には無かったはずだが」
ディグルの質問。それに対して、ウィルディは待ってましたとばかりに声を出す。
「きて! 《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》!」
ウィルディの合図に反応するように、鎧が瞬時に銀の液体にへと変化して、すぐさまウィルディの身体を覆い尽くす鎧となる。そして両手には剣と銃が握られていた。
「見て見てー! すごいでしょ!?」
「それ、は……」
「《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》! 帝国に保管されていた
喜ぶウィルディとは裏腹に、ディグルは必死の形相でウィルディの肩を掴んだ。
「なぜだ……、
「大丈夫だよ」
「何がっ……」
「だって、その時は私が死ぬだけでしょ? だから大丈夫!」
「はっ……?」
ディグルは言葉を失う。
何を言っているか、理解できないと。しかし、ウィルディは語り続ける。
「父様も母様も、みんな言ってた! 『バレットリガー家は、《帝国の先槍》』だって! だから、敵を倒し続けることこそが何よりも大切だって。私は、お姉ちゃんみたいに
「ウィ、ウィルディ……」
それは覚悟でもなければ、悲壮な決意でもなく。本当に心から信じている声だった。
バレットリガー家の娘として価値を示せないのであれば、生きている意味はない。
そう考えるのが自然だという、
「これでお姉ちゃんに追いつけるよ! 必ずウィルディも軍人になるー! そして、いっしょに
ウィルディは笑顔を浮かべる。
別にウィルディは、
ただ、愛する姉と一緒にいたいからその言葉を使っただけだ。
敵を倒す。
それこそが《帝国の先槍》であるバレットリガー家の務めであり、姉と共に並び立てる道だと信じて。
「……ッ!」
妹のその言葉に、ディグルは苦虫を噛み潰したような、辛そうな表情を浮かべた。
「お姉ちゃん?」
「すまない、少し疲れたから寝ることにするよ」
「えー! もっと
「……あぁ、また明日」
ディグルはふらついた足で部屋を出て行った。ウィルディは無邪気にその後ろ姿を見送った。
誰もいない廊下でただひとり、ディグルは何かを決心したような表情を浮かべていた。
ウィルディには分からなかった。
なぜ姉があんな顔をしたのか。なぜ自分の言葉を聞いて苦しそうにしていたのか。
その理由を知るのは、ずっと先の話だった。
あれから暫し経ち、ディグルは《
ウィルディは寂しかったが、いずれ姉と並び立つのを夢見て、それまでに
その日は、朝から騒がしかった。
ウィルディは早朝の《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》の修行を終え、屋敷に戻ると使用人たちや両親たちが、血相を変えて頭を抱えていた。
「父様、母様、どうしたの?」
「ウィルディ! ディグルが裏切った! あのバレットリガー家の恥晒しめッ! 何を考えている!? 革命軍に合流するなど……ッ。率いていた軍も軍だ!? なぜあやつについて行った!?」
「えっ……」
その言葉はウィルディに愕然とした。
ディグルが、自らの姉が帝国を裏切った。その言葉を理解できない。
なんで? どうして?
一緒に敵を倒そうって言ったのはうそだったの?
あの時、部屋を出ていった姉の後ろ姿を思い出す。
ぐるぐると答えの出ない疑問にウィルディが苛まれている最中にも、事態は無情に動いてゆく。
「とにかく早く逃げなければ! 急いで資産を集めろ! すぐにでも出発を」
「あなた、あれを見て!」
「なっ!? ば、ばかな、第二皇女だと!? それに隣にいるのは《サイデリアル》だ! あれは、まさか《百戦錬磨》……!?」
「わたしたち、これでおしまいなの……!?」
両親や親族たちが慌てふためているのを、ウィルディは眺めていることしかできない。
そして、呆然としているウィルディは気がつくと屋敷の前に立たされていた。
先頭に立つのは、二人の男女。
そしてその背後には数多の兵士たち。女性は柔らかな笑みを浮かべ、反対に隣に立つ筋骨隆々の、マントを羽織った男がこちらを見た。
その瞬間、空から落下したかのような錯覚が起きるほど、
「っ……、《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》……!?」
それでも懸命に役目を果たそうとしたウィルディだったが、次の瞬間には殴り飛ばされていた。《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》の形態を変える暇すらなかった。
そして、だからこそウィルディは助かった。屋敷に吹き飛ばされ、倒れているウィルディに、星の輝きを目に宿した女性が穏和に語りかける。
「きみがウィルディ・バレットリガーかい? すごいね、その若さで既に
「皇女殿下、お下がりを。若者と言えども、
「それには及ばないさ、《百戦錬磨》ディアブロ殿。彼女は無関係だ。初めましてだね、ウィルディ・バレットリガー。私は、
その後の会話は、よく覚えていない。
ただ、バレットリガー家が取り潰される中、自分だけがなんの罪にも問われなかった。
そのことに、ウィルディは両親に罵倒された。周囲からは、生き残った恥知らずと蔑まれた。
それでもウィルディにとって、心を占めていたのは、なぜという疑問だけであった。
「此処は……?」
気がつけば、ウィルディは白い空間に立っていた。何故ここに居るのか。先程まで過去を見ていたのではないのか。
周囲を見渡すウィルディ。
人影を見つけた。
それは、自らの姉の後ろ姿だった。
「っ、姉上!?」
すぐにその後ろ姿に向かって走り出す。けど遅い。どれだけ走っても追いつくことができない。それでも懸命に走る。
──言いたいことはたくさんあった。
どうして裏切ったのだとか、あなたのせいで両親や親族は逆賊扱いで、殺されたという恨み言や怒りだって。
でも、口から出たのはそのどれでもなかった。
「待って、待ってよ! ねぇ、おねがいこっちを見てよ! わたし、強くなったんだよ! おねえちゃんに負けないくらいに、つよく!」
ウィルディはディグルに期待する。
なぜなら、ウィルディにとっていつだって姉は正しかったから。自らを認めてくれるのは、姉だけだったから。
「ねぇ、お願いだから待って……!」
ディグルの姿が離れていく。
ウィルディはそれでもと、懸命に手を伸ばし、そして──
◇◇◇
「
「うおっ!?」
うなされていたウィルディが、突然起き上がる。
手を宙にあげ、何かを掴もうとするように。その顔は必死だった。まるで迷子の子どものように、普段のウィルディとは似ては似つかないほどに幼かった。
「…………マルドラーク、か? ここは……。ん?」
そしてオレの顔を見、己の服に手をかけているオレの姿を確認する。
そう、オレは今火を起こした後自らの服を乾かし、流石にウィルディを濡れたままには出来ないと上着だけでも脱がせて、乾かしておこうとしていた。
みるみるとウィルディの目が冷ややかなモノになっていく。
「貴様……」
「待て待て! オレは濡れたままだと、低体温症になると思っただけだ! あと、他に傷があったら大変だと思ってだな!」
なんつータイミングで起きるんだよ!
せめてもっと早くか、遅く起きやがれ! 考え得る最悪のタイミングだろ!
ウィルディは暫しオレを睨みつけ、背後に《戦装銃刃/メタリック・アーマメント》で作り上げた武装で威圧しながらも、オレの必死さが伝わったのか、重いため息を吐いた。
「状況を教えろ。今、どうなっている」
その言葉にオレもホッと胸を撫で下ろし、ウィルディに現状の説明を始めるのだった。