祭りの裏側で
カエレスティス帝国の中心、天都。
数十名の鼓笛隊が、それぞれの持つ楽器を奏でていた。先頭では鍛え抜かれた身体にピカピカの鎧を纏った騎士、更にその先にはいずれ
それだけでも見応えのある行軍であるが、本命は別だ。
「あ! 来た!」
親に抱えられた子どもが指差す。
たくさんの鼓笛隊に囲まれながら現れたのは、赤き
それはカエレスティス帝国の皇族が住まう城に飾られた国旗よりも小さく、しかしそれでいてその存在感は勝るとも劣らない。
何を隠そう、その旗こそが
カエレスティス帝国に伝わる70の至高の
己の身長の数倍の長さをもつ《天照す綺羅旗/シャイニング》を、まるで小枝でも扱うが如く軽やかに振り回す小柄な少女。民衆はその威容に片時も目を離さずに見つめ続ける。
「見よ! 太陽の光を浴びて煌めくこの旗を! 始皇帝より伝わりしこの国旗は、いまだに翳ることあらず! 即ち、我らがカエレスティス帝国の栄光は不滅であるという証左なり!」
《天照す綺羅旗/シャイニング》が光り輝く。
空に浮かぶ太陽よりも鮮明に、それでいて優しい光を発する《天照す綺羅旗/シャイニング》を見た民衆達が湧き上がる。
空砲が絶えず鳴り響き、紙吹雪が舞う。
帝国万歳、帝国に栄光あれ。
そしてジャヌはそれらを一身に受け止めて、誇らしげに《天照す綺羅旗/シャイニング》を掲げていた。
「お見事です、
広場から降りて、一度民衆の視線から途切れる。すると少女は一気に顔がだらしなく緩み、キラキラと輝かせる。
「見た!? 見てた!? 見てたよね!!?」
「見たよ〜」
「見てました!」
「見ましたよ」
そのまま一人一人鼓笛隊の面々に、幼子のようにジャヌは周囲の鼓笛隊の面々に問いかける。
先程までの威厳は何処へやら。本当の幼子のように、嬉しがる。
彼女の名前はジャヌ・パタパタ。
《
「みんながみんな、アタイに注目してくれたのだ。くひゅぅ〜! さいっこう! みんながみんな、アタイのファン! アタイこそが、この国でもっとも人気のアイドルなのだ!」
「いや、あの民達が湧き上がっていたのは単に《天照す綺羅旗/シャイニング》を観たからかと……」
彼女は先ほどまでの民衆の様子を思い浮かべ、足をバタバタと嬉しさを堪えきれないように動かす。
鼓笛隊の一人がつっこむもおかまいなし。
「よぉ〜し、これからどんどん盛り上げるよぉ〜! まだ、《
「聞いてない……」
「まぁ、それがジャヌ様だしねぇ〜」
堪えきれない嬉しさが何度も足をバタバタさせたジャヌに、そんな部下の言葉は届かなかった。
表舞台に人々が湧き上がる頃。
其処は、星図の間と呼ばれし場所。
この場所は天都において天城と匹敵するほどに、厳重な警備を敷かれた場所であった。
「どうやら大通りは大層盛り上がっているようじゃのう」
そのような言葉を溢すのは、一人の老婆であった。
名をミェール・ハテマデ。
「わかるのですか、ミェール様」
「ふっふっふ、わかるとも。この目でしかと視えておるからのう」
そう語る老婆の目が開かれると、そこには万華鏡の如く煌めいた瞳があった。
《大目付/ホロスコープ》。
それは義眼型の
そしてその仕様上、この
その時点でも大多数の人が拒否感を示す代物であるが、仮に強い忠誠心か或いは別の理由で目玉をくり抜き、装着しようにもこの
極めて危険度の高い
その為、適合者は長い歴史を持つカエレスティス帝国においてもそう数が多くなく、現所有者であるミェールは適合してから三十年間、ずっと彼女だけが所持していた。
「ふぇふぇ、ジャヌは黒か。随分と攻めた下着じゃのう」
そしてその力を極めて無駄なことに老婆は使っていた。
「何をしているのですか。そんなことに
《大目付/ホロスコープ》が嵌め込まれている以上、本来目の渇きを抑える為の瞬きという行為は必要ないのだが、ミェールはわざと茶目っ気たっぷりにウィンクする。
「そうじゃのう、先の『紅血の先槍事変』で力を使うてしまったから力を貯めねばならぬしなぁ」
《
帝国の歴史においても類のみない四軸将軍の離反に帝国は早期に事態を打開すべく《大目付/ホロスコープ》の力を使い、ディグルの所在地を把握するや否や直ぐに直近の《サイデリアル》や《
だが、それを予期していたディグルが罠を仕掛け、逆に追っ手を打ち破った。
「結局、奴の手勢はある程度削ることはできたものの肝心の将軍は討てずじまい。逆にこちらの《サイデリアル》を討ち取られ、その隙をついた革命軍により追手の軍団は壊滅。奴の方が一枚上手だったという訳じゃのう」
結果として、ディグルを討つことは叶わなかった。
「じゃが、時が来れば奴らの所在地はわかる。それまでの辛抱とて」
《大目付/ホロスコープ》。
存在すら限られた者しか知らないこの
しかし、それすらもこの
それにより天都に隠れて
そして更に半年に一度しか使えぬ奥儀である【占星詠みの儀式】を用いることにより、現時点の
最も、それは観た時点でのみなので当然対象が移動すればその所在地は宛にならなくなるが、それでも
現に、複数の
それだけ警戒しているのだ。
「わしが直接出向ければ、もっとスムーズに
「何をおっしゃるのですか! ミェール様は、帝国の至宝! おいそれと出かけられては困ります!」
「わかっとるわかっとる。単なる冗談じゃてそのように熱くなるじゃないわい」
護衛の言葉に、ミェールはわざとらしく手を振る。
「しかしのう、いまの《天帝》様は何を考えておられるのやら。領土拡張を目指すのは良いが、いささか急ぎ過ぎている気がするがのう」
ミェールは長いこと
だからこそ、いまの《天帝》の行いにわずかな違和感を覚えていた。
「おっと、今のは聞かなかったことにしておくれ。……おい、聞いておるか?」
返事が無いのを不審に思ったミェールが振り返る。
護衛が、倒れていた。
それを見た ミェールは驚愕──するのでなくすぐさま距離を取る。
「何者だい! 姿を現し……いや、現さなくて結構。直ぐに見える」
《大目付/ホロスコープ》の瞳が輝く。世界を構成する痕跡から侵入者の位置を把握。ミェールは頭上を見た。
そこに、一人の全身真っ黒の男がいた。
「ほう、直ぐに所在地がバレるとは予想外だったね」
「何者!? 何処から来た!?」
「それを語る必要はあるのかな?」
どこまでも飄々と答える男。
(これだけ騒いでおるのに、全く誰一人として兵士が現れん。殺られたか)
冷徹に、いまの事態を把握するミェール。
「貴様、さては
「へぇ? どうだろうね?」
「あくまで語らぬつもりか? ならばその正体見させてもらおう。〝
《大目付/ホロスコープ》が一際大きく開く。
人間のあらゆる生体情報から、大まかな
しかし。
「ば……かな、貴様
「隙を見せたね」
大きく目を見開くミェール。
その動揺を突かれ、心臓を貫かれた。
深層部にて監視を目的としたミェールでは、前線に直接出て
そのまま倒れ伏す。
「作戦完了。頭目、これで良いのかな?」
男は自身以外に誰もいないにも関わらず、どこかへ問いかける。
「……わかった、他のメンバーを待つよ。さぁ。どうなるかな、
そうして誰も喋るものがいなくなった星図の間にて、男は呟いた。