普段はここで貴族相手に会食をしたり、皇族がゆっくりと静養したりするための場所だ。
なので彩り豊かな花の咲き誇る立派な庭園があったり、晶獣を模した白亜の彫刻が並んでいたりする。
そのままオレもメリスもニェーニも、離宮の様子に異国に来た観光客みたいに周囲を見渡しながら、サラによってセレスティアラのいる部屋に案内された。
「やぁ、待っていたよ。来てもらって悪いね」
部屋の中は、想像していたのと違った。
華美な装飾は必要最小限、あるのは仕事をするために必要な本棚や地図といったもののみ。《帝国宰相》の異名に相応しい部屋だ。
第二皇女という、女性の部屋とは思えねぇな。
そしてオレたちを見たセレスティアラが、相変わらず人形かと思うくらいに完璧な笑みで出迎える。
先ほどまで仕事をしていたのだろう。質の良い黒塗りの机の上には、紙束が存在し、セレスティアラ自身もメガネをかけていた。見てるだけで頭の痛くなる紙の数だな。
「ほ、ほほほ、本日はお、お、おおほっ、お日柄も良くもよく、だ、だだだだ、第二皇女セレ、セレスッ、ティアラ様につきましては……!」
「ニェーニ? 壊れちゃった?」
ガタガタと震え、冷や汗を流しながら言葉を必死になって発しようとしているニェーニ。壊れたラジオみてぇだな。
その様子を見てか、セレスティアラはくすりと微笑をこぼす。
「楽にして構わないよ。今この場には、礼儀作法にうるさい人たちはいないからね」
「そおだよぉ、殿下もこう言っているのだから楽にしたまえ」
「貴方は寛ぎ過ぎでは?」
ぐでぇ〜と寄りかかるようにトイープはソファに寝っ転がってやがる。ヴェルヌントが突っ込むがどこ吹く風だ。
セレスティアラがこう言っているので、オレたちも備え付けられたソファに座る……やわらかけぇ。このまま眠っちゃいそうなくらい座り心地が良い。こりゃ、トイープのこととやかく言えねぇわ。
ヴェルヌントだけはいつも通りトイープの背後で直立不動で立っていた。オレたちが席についたタイミングで、サラが紅茶を入れたマグカップを差し出してくる。
「はい、どうぞ」
「わりぃな」
「ありがとう」
「あ、あり、ありがとうござ……あつぅい!?」
ガタガタ震えながら受け取ったせいで、ニェーニが紅茶を溢した。あいつあんだけマナーとか色々言ってたのに、一番自分ができてないじゃねぇか。
いや、オレも不意打ちでセレスティアラと会った時、内心かなり動揺してたな。人のこと言えねぇや。
そんな思いでセレスティアラを見ると、向こうもこちらを見ているのに気付いたのか、笑みを浮かべてきた。
「む……」
いてぇよ、メリス脇腹をつつくんじゃねぇ。誤魔化すように、オレはサラの淹れた紅茶に口をつける。
皇族が口につけるからだろう。良い茶葉が使われてやがる。けど、なんかあれだな。良い思い出ではないが、過去にセレスティアラが直接淹れたやつの方が美味かったな。
味は同じだから、茶葉も同じだと思うんだが。
やがて全員が一息ついたタイミングで、セレスティアラが口を開く。
「さて、それじゃあカンネビュラ大森林で起こった出来事を話してもらおうかな。もちろん、
全てを見通す、星のような煌めきの瞳でセレスティアラはそう告げた。
そこからオレたちは、セレスティアラについてパイオニア駐屯地で起きたことを語り続けた。彼女の隣では、サラがメモをとっている。
やたらとニェーニが自身の活躍を誇張すること、なんかその時その時オレがどうしたか尋ねてきたこと以外は、特に問題なかった。
ちなみにウィルディの
話を聞いたセレスティアラは、頷く。
「随分と激戦だったようだね。話を聞くに、カヤノスィノは不意打ちをついたがたとえ真正面から戦ったとしても、《
「むしろ、よく3人で攻略できましたね」
セレスティアラは話を聞いて神妙に頷き、サラも目を丸くしていた。
実際、その通りだろう。
『シャヘル=シャレム/薄明の境界線』じゃ、カヤノスィノによって
原作を知っているオレでも、そう思う。
だけど、オレを兄貴と呼び慕ったライフ……アスデブリたち。あいつらの命が安かっただなんて、思いたくねぇな。
「……すまない。言葉を間違えたようだね」
「い、いえ!?」
セレスティアラが謝罪する
顔に出ていたのだろうか。やっべ、皇族を謝罪させたとか外聞が悪すぎる!
そこに待ちきれないとばかりに、トイープが口を挟む。
「そうそう、殿下ぁ。ボクも早く持ってきた
「その件なんだがね。《息吹ノ杖/アミニズム》に関しては《レイ=スペクトル工廠》に解析を回されることになってしまったんだよ」
「うぇぇぇぇー!!? 聞いてないよぉ!?」
「今言ったからね」
トイープが驚く。セレスティアラは、当然とばかりに語る。
「《息吹ノ杖/アミニズム》は、帝国が建国されてすぐに行方知れずとなった
「我々と違って実績も、紡がれてきた歴史も違いますね。トイープ、今回は相手が悪いです、諦めましょう」
「うぇ〜ん……、そんなぁ」
ヴェルヌントの言葉もあり、トイープはがっくし、と肩を落とす。
しかし、《レイ=スペクトル工廠》か……。『リベリオン/戦禍の夜明け』では、
いや、そもそも半壊しているから役に立つのかもわからねぇけどよ。
「とにかくパイオニア駐屯地の陥落を免れたのはよかった」
「それは、ウィルディ・バレットリガーの尽力あってのことです」
「うん、伝令から一次報告で聞いていたよ。《
ここにきて初めてセレスティアラの表情に変化が生まれた。
懐かしさを感じているような感じだ。
大凡人というよりも、人形のようなセレスティアラのその反応に、隣にいるメリスも少し驚いた顔をした。
恐らくはディグルのことを思い出しているな。
作中でもセレスティアラが唯一『友人』と言っていた存在だ。思うところがあるのだろう。
「さてさて、聞きたいことは聞けた。とりあえず、《
「うへぇ……、了解しましたよぉ」
「じゃあ、退室してもらって大丈夫だ。ご苦労だったね」
そのまま指示されて、《
オレもついていこうとした時。
「あ、ゲドウ・マルドラークは少し残ってくれないかな?」
「は?」
なんでオレだけ?
メリスがジッと、セレスティアラを見る。な、なんか火花散っているみたいに見えるんだが?
「心配しなくとも、きみとの
「……ゲドウ、外で待っているから」
メリスはセレスティアラの言葉に、ひと睨みしつつも、出て行った。
やめろよ、オメェらが揉めるとハラハラするんだからよ。
そのままオレは座り直す。
するとセレスティアラは、な、ぜ、か。そう、なぜかオレの隣に座ってきた。おい待て、なぜそうなる!? やめろ、近づいてくるな!
豊満な胸が上から谷間が見えていて、気まずいんだよ!
オレは努めて動揺を抑え、語りかける。
「それで、オレに何のご用でしょうか?」
「きみに逢いたかったからではダメかね?」
「笑えない冗談ですね」
「つれないねぇ」
くすりと、セレスティアラは笑う。
これが世の男性なら見惚れること間違いなしなのだが、男でもオレはセレスティアラの本質を原作で知っているため、見惚れることはなかった。
「語っていないことがあるんじゃないかい? 例えば、人間関係についてとか……さ」
セレスティアラはオレのことを、星の輝きのある皇族特有の瞳でジッと見てくる。
こりゃ、言い逃れできねぇか。すまん、ウィルディ。
オレはため息を吐いて、答えた。
「
「……うん?」
「ウィルディが、オレの妹を自称している。何がどうなってそういう思考になったのか、さっぱりわからねぇ」
「…………ううん?」
オレの言葉に、セレスティアラが笑みを浮かべたまま固まった。なんだよ、そのことを聞きたかったんじゃないのか? そんな反応初めてみたな。
「……今からきみに聞きたいことがある。これは極めて重要なことだ」
セレスティアラは真面目な顔でこちらを見上げる。何を言うつもりだよ。
「時にきみは、年下の方が好きなのか?」
「なにを聞いているのですか?」
セレスティアラまで頓珍漢なことを聞いていた。
「私はこれまで男好きのする肉体だと自負していた。言ってしまえば、きみを誘惑もしていた。だが、確かにきみが最初
「頭大丈夫か???」
何やら理屈をこねくりまわして、歳下になろうとしているセレスティアラに思わず突っ込む。やだよ、苦手とはいえ原作でも有能だった人が変な方向にその頭脳を使っている場面を見るのは。
「こほん……失礼した。どうやら少々気が動転していたようだ」
「少々どころじゃなかった気がしますが……わかりました」
セレスティアラは誤魔化すように咳払いをする。オレもこれ以上ツッコミをいれたら、何言い出すか怖かったからこれ以上は控える。
「それで本当の目的はなんだったんですか?」
「本当に人間関係を知りたかっただけさ。思った以上に大きい一石を投げ込まれたから、驚いてしまったが」
「なんでそこまでオレのこと知りたがるんだよ」
「ふむ……そうだね。これもすべて、きみに逢いたかったからではダメかね?」
「笑えない冗談ですね」
「つれないねぇ」
くすりとセレスティアラは笑う。
「さて、戯れもこれくらいにしようか。実はね、きみに頼みたいことがあるんだ。……受けてくれるかな?」
そう言って、オレの手を取りこちらを見上げてくるセレスティアラ。
いかにも聖女みたいなポーズ取ってるが、オレに拒否権ねぇーだろふざけんな!
◇
「あ、ゲドウ! どうだった? なにもされてない?」
「なんでオレがされる前提なんだよ」
帰ってきたオレに、メリスが駆け寄ってくる。その顔は心配に満ちていて……うん?
「おい、その頬の跡はどうした?」
「うげっ、まだついてた?」
ゴシゴシと手で拭う。その顔は嫌悪感に満ちている。
「実はね、嫌な奴に唾を吐かれたの」
「なっ、大丈夫だったか!?
「うん、わたしは気にしてな……ゲドウ? なんで相手の方を心配するの? ねぇ?」
「待て、冗談だ。それでなんでそんなことになったんだよ? 女に唾かけるとかやべぇ奴にも程があるだろ。そして、あっちで気絶しているニェーニはどうした?」
視線の先では、ニェーニが目を回して倒れ伏していた。トイープが面白そうにツンツンし、ヴェルヌントに呆れられている。
「それもね、唾をかけてきた人が関わっているの。人のこと、臭いとか
「負けたと」
「うん。運悪く濡れた床に足取られてずっこけた。相手、一歩も動いてなかったよ。そして、わたしもその光景にすごい見覚えがあった」
ニェーニが負けた、となるともしかしてネームドか?
『リベリオン/戦禍の夜明け』でのニェーニの活躍を考えると、名無しじゃ負けるはずがねぇし。
「そいつの名前はわかるか?」
「
「は?」
それって『リベリオン/戦禍の夜明け』で出てくる最初の《サイデリアル》じゃねぇか!
納得だよ、メリスのことを初見で
ロアの
「……でも、ニェーニはわたしの為に怒ってくれた。だから、仇を取ろうとしたんだけど後から来た人のせいでそれもお流れになっちゃった」
「後から来た人だぁ?」
まだ人が来たのかよ。
皇族専用の離宮なのに、来客多すぎだろ。
仮にも《サイデリアル》とのいざこざを収められる人材なんてそう多くないが……。
「あぁ、第3皇子ヌービルム殿だったねぇ。あーはっはぁ、色々と嫌味を言われてしまったよ!」
「い〝っ……!?」
あっけらかんと笑うトイープとは裏腹に、オレは冷や汗をかいた。
第3皇子ヌービルム。
無能であれば、同じカエルム人であろうと切り捨てる生粋の帝国主義者。第5皇子シャヨウと並ぶ、『リベリオン/戦禍の夜明け』でも評価の悪い男だ。
あっぶねぇ、ニアミスしてたのか。
メリスでも色々言われただろうに、オレが出会っていればどんな難癖をつけられたモノか。そうならなかったことに、ひっそりと安堵の息を吐くのだった。
「あ、そうだ。ねぇ、ゲドウ。この後さ、わたしと一緒にさ。お祭り見に行こうよ」
「悪りぃな、オレ仕事入ったから無理だわ」
「……えっ」