前世が最悪だった私、転生したら娼婦で成り上がり、戦士との幸せな結婚生活を送る   作:ひまんちゅ

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第七話 選ばれるということ

 その日の客は、いつもとは少し違っていた。

 

 夕方に差しかかる頃、館の入口が珍しくざわついた。昼間の客とは違い、夜に来る客はそれなりに身なりを整え、目的もはっきりしている者が多い。けれど、その日の空気はどこか緊張が混じっていた。

 

 私はちょうど水の補充を終えて、廊下を戻る途中だった。

 

 入口の方をちらりと見ると、一人の女性が立っていた。

 

 ――女。

 

 それだけで、ほんの少しだけ違和感があった。

 

 この館に来る客のほとんどは男だ。女が来ることがないわけではないが、珍しい。しかも、その女性は「普通の客」とは明らかに雰囲気が違っていた。

 

 背が高い。

 肩幅が広く、立ち姿がまっすぐで、無駄がない。

 動きに迷いがなく、周囲を一度で把握しているような視線。

 

 腰には剣。

 

 それも飾りではなく、使い込まれたものだと一目で分かった。

 

(……戦う人だ)

 

 直感だった。

 

 私は思わず足を止め、少しだけ様子を見てしまう。

 

 女性は入口で軽く周囲を見回したあと、迷うことなくミレイのほうへ歩いていった。

 

「話をしたい」

 

 低く、落ち着いた声だった。

 

 ミレイは一瞬だけ相手を見て、表情を変えた。

 

 普段の気だるげな雰囲気が少しだけ引き締まる。

 

「内容によるわね」

 

「中でいいか」

 

 短いやり取りだったが、それだけで分かる。

 

 この人は、普通の客ではない。

 

 ミレイは少し考えたあと、うなずいた。

 

「いいわ。ついてきて」

 

 二人は奥の部屋へと消えていく。

 

 私はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。

 

 なんだろう、今の感じ。

 

 怖いわけではない。

 でも、目を離してはいけないものを見た気がする。

 

 そのとき、背後から声がした。

 

「リナ、何ぼーっとしてるの」

 

 エナだった。

 

「……あの人」

 

「見た? なんかすごいよね」

 

 エナも少し興奮した様子で入口の方を見る。

 

「ああいうの、たまに来るよ。冒険者とか、傭兵とか」

 

「……冒険者」

 

「うん。依頼受けて魔物倒したりする人たち。あの人、かなり強そう」

 

 そう言われて、私はもう一度さっきの女性の姿を思い出す。

 

 無駄のない動き。

 迷いのない視線。

 立っているだけで分かる、あの「強さ」。

 

 前世では、ああいう人間を見たことがなかった。

 いや、もしかしたらいたのかもしれないが、私の世界とは交わらなかった。

 

 ここでは、ああいう人が普通に存在している。

 

 その事実に、少しだけ現実感が揺らぐ。

 

「……関係あるのかな」

 

「ん?」

 

「この館に来た理由」

 

「さあね。普通に遊びに来ただけかもしれないし、別の用事かもしれないし」

 

 エナは肩をすくめた。

 

「まあ、ああいう人は長居しないことが多いよ」

 

「……そうなんだ」

 

 なぜか、少しだけほっとした。

 

 あの人が長くここにいる姿が、うまく想像できなかったからだ。

 

 それからしばらくして、ミレイに呼ばれた。

 

「リナ、ちょっと来な」

 

 声はいつも通りだが、どこか少しだけ硬い。

 

 私は小さくうなずいて、奥の部屋へ向かった。

 

 扉の前で一度深呼吸をする。

 

 嫌な予感はしない。

 でも、何かが変わる気がする。

 

 ノックをして、中に入る。

 

 部屋の中には、ミレイと、さっきの女性がいた。

 

 改めて近くで見ると、その存在感はさらに強かった。

 

 無駄のない筋肉。

 傷跡がいくつか見える腕。

 そして、真っ直ぐにこちらを見る視線。

 

 私は思わず目を逸らしそうになるのをこらえた。

 

「この子がリナ」

 

 ミレイが言う。

 

 女性は無言で私を見た。

 

 上から下まで、ゆっくりと。

 

 値踏み、というよりは、確認に近い視線だった。

 

「……なるほど」

 

 小さく、そう呟く。

 

 何が「なるほど」なのかは分からない。

 

「少し話をさせてくれ」

 

 女性が言う。

 

 ミレイは一瞬だけ私を見る。

 

 その視線には、「無理なら断っていい」という意図が含まれていた。

 

 私はほんの少しだけ考えて、うなずいた。

 

「……はい」

 

 ミレイはそれを見て、軽く肩をすくめる。

 

「じゃあ、私は外にいるわ」

 

 そう言って、部屋を出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 部屋に残るのは、私と、その女性だけ。

 

 静かだった。

 

 重い沈黙ではない。

 ただ、無駄な音がないだけの静けさ。

 

「怖いか」

 

 女性が、ふと聞いた。

 

 私は少しだけ考えてから答える。

 

「……少しだけ」

 

 嘘ではない。

 でも、それだけでもない。

 

 女性はうなずいた。

 

「正直でいい」

 

 それから、椅子に腰を下ろし、私にも座るように促した。

 

 私は少し迷ったが、言われた通りにした。

 

「名前はリナ、だったか」

 

「はい」

 

「私はレイナ」

 

 短い自己紹介。

 

 それだけで十分だった。

 

「お前のことを聞いた」

 

「……誰からですか」

 

「ここに来た連中からだ」

 

 レイナは淡々と言う。

 

「気が利く。場を整える。無理に作らない」

 

 それは、ここ数日で言われてきたことと同じだった。

 

「……大したことはしていません」

 

「そういうものは、やろうとしてできるものじゃない」

 

 即座に返される。

 

 私は言葉を失った。

 

「環境を読む力。人の流れを見る目。それは才能だ」

 

 才能。

 

 その言葉に、違和感が走る。

 

 前世の私に、そんなものがあったとは思えない。

 ただ、生き延びるために身につけただけだ。

 

「……それは」

 

 言いかけて、言葉が止まる。

 

 否定しようとして、でも、うまく言えなかった。

 

 レイナはそれ以上追及しなかった。

 

「単刀直入に言う」

 

 少しだけ前に身を乗り出す。

 

「お前を買いたい」

 

 その言葉に、時間が止まった。

 

 買う。

 

 それは、この場所では特別な意味を持つ言葉だ。

 

 私は息をするのを忘れたように、レイナを見た。

 

「……なぜ、ですか」

 

 ようやく出た言葉は、それだけだった。

 

 レイナは一瞬だけ考えてから答える。

 

「必要だからだ」

 

「……何に」

 

「旅に」

 

 短い答えだった。

 

「私のパーティに来い。雑用でもいい。だが、それ以上の価値があると判断した」

 

 私は何も言えなかった。

 

 頭の中が、うまく整理できない。

 

 買われる。

 

 それは、ここでは「選ばれる」ということでもある。

 

 でも、それがどういう意味なのか、まだ分からない。

 

 ただ一つだけ、はっきりしていることがあった。

 

 ――何かが、大きく動こうとしている。

 

 私は膝の上で手を握りしめた。

 

 怖い。

 でも、それだけじゃない。

 

 ほんの少しだけ。

 

 期待している自分が、いた。

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