リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『帝国の護身術3』

3 帝国の虎による「再論破」

 

「……」

 息巻くグラクトの言葉が途切れても、サロンには重苦しい沈黙だけが落ちていた。

 ルナリアは長椅子からゆっくりと立ち上がる。その所作には、グラクトが宮廷の作法教師から叩き込まれたような「計算された美しさ」はない。幾多の困難を乗り越え、自らの足で立ち、実力主義の帝国で磨き抜いてきた確固たる『品性』が、自然な威圧感となって周囲の空気を支配していた。

 

 王家の血という「作られた品位(メッキ)」を纏うだけの少年と、自らの魂と努力で「本物の品性(鋼)」を鍛え上げてきた帝国の虎。二人が対峙した瞬間、その絶対的な質量の差は誰の目にも明らかだった。

 

「……それが、貴方の仰る『政治的妥結』ですか。殿下」

 ルナリアの口から紡がれたのは、怒りでも怯えでもなく、心底からの呆れと深い憐憫だった。

 

「自らの非力で女に振られた事実を揉み消すため、相手に『私が悪うございました』と嘘の罪を被せて土下座させ、それを上から許す真似事をして自尊心を満たす。……それは政治でも妥結でもありません。ただの、おままごとですわ」

「なっ……! おま、おままごとだと!? 僕がどれほど寛大な……っ!」

 

「ええ、おままごとです。ローゼンタリアの宮廷という、ひび割れた箱庭の中だけで通用する、酷く滑稽な茶番劇」

 ルナリアは、グラクトが振りかざした「王国の形式美」というロジックを、氷のような正論で真正面から叩き斬った。

 

「生まれ持った血統や髪の色だけで、無条件に敬われ、すべての過ちが許される。それは貴方自身の実力ではなく、単なる『設定』に過ぎません。……自らで磨き上げた知性も、他者を平伏させるだけの実績も持たない者が、作られた『品位』という衣を着込んで玉座にふんぞり返る。私から見れば、それこそが真に『品性を欠く』恥ずべき振る舞いですわ」

「黙れ! 貴様、僕を……神の子である僕を愚弄するか!!」

 

「そして、極めつけは……」

 激昂するグラクトを完全に無視し、ルナリアは彼が放った最も卑劣な「脅し」へとメスを入れた。

 

「『断れば息子の立場が悪くなる』……ですか。殿下はご自身の言葉の意味を、正しく理解しておいでですか?」

 ルナリアは一歩、グラクトへと歩み寄った。その瞳に宿る冷徹な光に射抜かれ、少年は無意識のうちに半歩後ずさってしまう。

 

「貴方は今、『私は自らの魅力も、実力も、王としての器も皆無であるため、息子を人質に取って脅迫しなければ、女一人抱くこともできない惨めな男です』と、恥ずかしげもなく大声で喧伝したのです。……他者の権威を借りなければ女に己を認めさせることもできない者が、どの口で自立した王を語るのですか」

「ち、違う! 僕はただ、リュートという影の運命を……!」

 

「私の息子は、貴方の影などではありません」

 ルナリアは即座に、そして絶対の確信を持って断言した。

 

「あの子は、貴方たちが押し付けた『金髪金眼』などという陳腐な価値観の箱庭には、最初から生きておりません。……私の息子は、自らの足で立ち、自らの手で未来を切り拓く、本物の『品性』を持った男ですわ。貴方のような、母親の庇護と形式美の裏でしか息ができない温室育ちの赤子と、一緒になさらないでいただきたい」

 

「あ、あか、ご……っ」

 グラクトの顔から血の気が引き、次に屈辱で真っ赤に染まり上がる。

 彼の信じていた「王国の理」は、ルナリアの持つ「個人の真実」の前に、塵芥のように解体されてしまった。

 

「認めたくないのでしょうが、現実を直視なさいませ、グラクト殿下」

 ルナリアは、決定的なとどめを刺す。

 

「貴方は、私に慈悲を与えに来たのではありません。女に拒絶され、自らの権威が通用しなかったという恐ろしい事実から逃げるために、私に『縋り付き』に来たのです。『僕を認めてくれ』『僕が一番偉いと言ってくれ』と泣き喚く、ただの迷子。……それが、今の貴方の真実の姿ですわ」

 隠し通したかった、そして自分自身でも気づかないふりをしていた最も惨めな図星を、ルナリアは無慈悲なまでに言語化し、彼の目の前に突きつけた。

 

「……もう、お帰りなさいませ。これ以上、その作られたメッキを剥がして、己の品性を貶める前に」

 それは、神の子に対する言葉ではない。

 駄々をこねる聞き分けのない子供に引導を渡す、冷徹な大人の宣告であった。

 

 

 

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