リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
6 事後処理とルナリアの微笑み
バァンッ! と、離宮の正門が乱暴に開け放たれる。
「……ッ!!」
門の外で決死の覚悟を固めていた警備隊長カイルは、鯉口を切った剣から手を離し、目を見開いた。
そこには、神の子の威厳も品位もかなぐり捨て、極められた腕を押さえながら、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして脱兎のごとく逃げ帰っていく第一王子グラクトの無様な背中があった。
『第一王子が、泣いて逃げ出した……!? 一体、中で何が……!』
カイルはグラクトが完全に離宮の敷地から姿を消したのを確認するや否や、副長に目配せをしてサロンへと駆け込んだ。
万が一、ルナリアが第一王子を傷つけていれば、それこそ取り返しのつかない事態になる。自分が身代わりとなって王子を斬るというトカゲの尻尾切りも、タイミングを逃せば意味をなさない。
「ルナリア様! ご無事ですか!?」
剣の柄に手をかけたまま、血相を変えてサロンに飛び込んだカイル。
しかし、その室内の光景は、彼の焦燥と悲壮な覚悟を鮮やかに裏切るものであった。
「あら、カイル。騒々しいですね」
そこには、血の一滴も流れておらず、調度品一つ壊れていない静かなサロンが広がっていた。
ルナリアは、何事もなかったかのように優雅に立ち上がり、ほんの少し乱れたドレスの裾を軽く手で払っているところだった。彼女は息を呑む歴戦の騎士を見て、いつもの優しく穏やかな、母としての微笑みを向けた。
「ええ、大丈夫よカイル。心配かけてごめんなさいね。……少し、大きなネズミが迷い込んだだけだから」
「ネズ、ミ……」
事も無げに「神の子」をネズミ扱いするルナリアの圧倒的な肝力と強さに、カイルは深く安堵の息を吐き出し、張り詰めていた肩の力を抜いた。
『……ああ。やはり、この御方こそが、我らの「芯」だ』
カイルの胸の内に、深い敬意と熱い忠誠心が込み上げる。
平民出身でありながら正論を貫き、王国の理不尽によってこの離宮へ追いやられたカイルたちにとって、絶対的な権威を前にしても決して揺るがず、己の品性と実力だけで堂々と立ち向かうルナリアの背中は、唯一無二の希望であった。この確固たる『芯』があるからこそ、自分たちは命を懸けてこの離宮を守り抜くことができるのだ。
だが、安堵と尊敬を噛み締める一方で、カイルの背筋には冷たい汗が伝っていた。
『あのプライドの塊のような第一王子が、己の足で、泣き喚きながら敗走した。……本宮の連中が、あの光景を黙って見過ごすはずがない』
王家という化け物が、第一王子の「品位」を損なわれたという事実を前に、どれほど理不尽で凄惨な報復に出るか。カイルは嫌というほど知っている。
ルナリアは単身で「神の子」を退けた。だがそれは、盤面を完全にコントロールしたのではなく、理屈の通じない暴力を真っ向から呼び覚ます『最悪の引き金』を引いてしまったことを意味していた。
「……ルナリア様。警備の目を、さらに厳重にいたします」
カイルが深く頭を下げる。
優雅に微笑む帝国の虎と、底知れぬ恐怖と覚悟を新たにする叩き上げの盾。
離宮の静寂は保たれたが、王宮の狂気はいよいよ、ルナリアを物理的に噛み砕くための牙を剥き出しにして迫りつつあった。