リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
2 自己正当化の妄想と、すれ違う兄妹の断絶
ソフィアの私室、豪奢な天蓋ベッドの中。
朝の光を浴びながら、グラクトの胸中にふと、一抹の罪悪感がよぎった。
『昨日、あんな惨めな目に遭ったのに……僕は母上(ヒルデガード)に報告すらしなかった。母上は僕を心配しておられるだろうか』
これまで絶対的な庇護者であった実母から逃げ出し、別の女の腕の中で朝を迎えたという事実。それは、彼がヒルデガードの課す「神の子としての完璧な重圧」から逃げ出したことの何よりの証明であった。
その微かな迷いを、隣で微笑む毒蜘蛛が見逃すはずもなかった。
「殿下? どうかされましたか。……ああ、もしかして、ヒルデガード様を気にかけておいでですか」
「っ、いや……そういうわけじゃ……」
「お気になさることはありませんわ。殿下はもう、立派な一人の男。いつまでも母親の陰に隠れている子供ではないのですから。殿下がご自身の足で歩み始められたこと、ヒルデガード様もきっとお慶びになります」
ソフィアのその言葉は、グラクトの逃避を「自立」という美しい言葉にすり替える、極上の免罪符であった。
そうだ、とグラクトは安堵とともに自己正当化の論理を組み立て始める。
『僕はもう、母上に甘える赤子ではない。それに……母上が寂しい思いをすることはないはずだ。母上には、妹のリーゼロッテがいるのだから』
グラクトの脳裏に、同じゼノビアの血を引きながら、色素の薄いプラチナブロンドを持って生まれた大人しい妹の姿が浮かぶ。
『僕は次期国王としての厳しい重圧を背負わされていたから、母上も厳しく接するしかなかった。だが、リーゼは違う。王位を継ぐ必要のない娘なのだから、母上はきっと、今の僕に対するソフィアのように、裏では優しく抱きしめ、無条件の愛を注いで甘やかしているに違いない。……僕たちは、愛に溢れた素晴らしい家族なのだ』
それは、彼が己の罪悪感を消し去るためだけに作り上げた、完全に都合の良い妄想であった。
グラクトは、ヒルデガードが「不完全な駒」であるリーゼを忌み嫌い、一度も抱きしめたことすらないという凄惨な事実を、一切知らなかったのである。
この残酷な思い込みは、後に離宮側についたリーゼロッテと対峙した際、「どうして母上や僕の愛情を裏切るんだ」という、永遠に埋まらない決定的な認識のズレ(断絶)を生むことになる。
「……ああ。ありがとう、ソフィア。君の言う通りだ」
己の妄想によって実母に対する罪悪感を完全に捨て去ったグラクトは、シーツ越しにソフィアの滑らかな肩を引き寄せ、熱を帯びた瞳でそのまま彼女の身体へと深く覆いかぶさった。
「僕には、君だけがいればいい。君だけが、僕の正しい理解者だ」
「ええ、殿下。……私も、殿下をお慕いしておりますわ」
少年の性急で盲目的な熱情を受け入れ、その背に白く柔らかな腕を回しながら、ソフィアはグラクトから見えない角度で、艶やかな唇を三日月のように吊り上げた。
『――すべて、計画通り。ヒルデガード様が心血を注いだ神の子は、これで完全に私の手駒となりましたわ』
実母の重圧から引き剥がし、ルナリアによって破壊された少年の空っぽの心を、自らの甘い毒(快楽と全肯定)で隅々まで埋め尽くす。
王国の未来を背負うはずだった第一王子の精神的な自立は、この薄暗い天蓋の中で完全に息絶えた。ソフィアの妖しく冷酷な笑みと、少年の盲目的な吐息が交じり合う中、朝の寝室は甘く退廃的な熱の中へと静かに沈んでいった。