リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
4 孤立化作戦の実行(反論不可能な駒の排除)
最初の標的は、西のクロムハルト公爵家令嬢・ヴィオラである。
舞台は、マルガレーテ王妃が主催する内々の茶会。そこには王妃と第一側妃ヒルデガード、そして王妃教育の合間に同席を許されたヴィオラの姿があった。
「王妃様。西のクロムハルト令嬢の王妃教育、誠に見事な進捗でございますね。いかなる課題も完璧にこなし、作法も非の打ち所がないと、教師たちも舌を巻いておりますわ」
「ええ。西の公爵家も、ようやく王宮の品位というものを理解したようです」
王妃は冷徹な瞳のまま、満足げに頷いた。
ヒルデガードは扇を優雅に畳み、ヴィオラへと極めて優しげな、聖母のような微笑みを向けた。
「ええ、本当に素晴らしいわ。……だからこそ、私はヴィオラが心配なのです。未来の母となる者として、この子が根を詰めて倒れてしまわないか、案じて夜も眠れないのですわ」
ヒルデガードは、その場にいる王妃と周囲の侍女たちに「息子の婚約者を深く愛し、気遣う慈悲深き母」としての顔を完璧にアピールした。
そして、王妃へと恭しく頭を下げる。
「王妃様。どうかこの『母としての慈悲』をお汲み取りいただけないでしょうか。ヴィオラの類まれなる努力を労い、西の公爵領への一時帰省をお許しいただきたいのです。西の公爵も、王妃様の寛大さに深く平伏することでしょう」
「……悪くない提案ですね。ヴィオラ、西への一時帰省を許可しましょう。ゆっくりと身体を休めてきなさい」
王妃は即座にこれを承認した。
『……なるほど。私を離宮から引き剥がすつもりね』
ティーカップを持つ手を優雅に添えながら、ヴィオラの内心は極めて冷静だった。彼女は転生者として、ヒルデガードの放つこの甘い提案の『真の意図(孤立化)』を即座に看破した。
しかし、盤面は完全に詰んでいる。「未来の義母」による涙ぐましい気遣いを受けて、「絶対権力者たる王妃」が下した恩命。ここで辞退することは致命的な不敬に当たる。
だが、ヴィオラには焦りはなかった。
『私を盤上から退場させれば、離宮の防衛力が落ちると思っているのなら……ヒルデガード様、あなたの盤面は甘すぎるわ。離宮には、あのバケモノみたいな知力で政治的な盾となってくれると約束したリュートがいる。それに、物理的な盾としてルリカとカイル隊長が控えているのよ。本宮の権力者が強行突破しようとしたって、あの布陣を崩せるはずがない』
ヴィオラは王宮の絶対的なルールのもと、ルナリアへ直接警告を発する機会を得られないまま馬車に乗ることになる。しかし彼女は「リュートたちがいるから大丈夫だ」と完全に彼を信頼して高を括り、むしろ「これで西の工房で思う存分研究できる!」と内心喜んで王都を後にした。
この合理的な判断に基づく「信頼ゆえの油断」が、後に彼女を深い後悔へと突き落とすことになるとは、知る由もなかった。
◇
続いての標的は第二王子、リュート。
ヒルデガードは、国王ゼノンの執務室へと足を運び、彼が最も執着する「富と権力」の急所を突いた。
「陛下。第二王子リュートが立ち上げた海運組合ですが、実に見事な利益を王家にもたらしておりますわね。……ですが、妾は少々懸念しております」
「懸念だと? あれは余の金庫を潤す、優秀な集金装置ではないか」
「ええ。だからこそでございます。現在、組合の利益の多くが西への研究援助に回されております。王都から書類で管理するだけでは、見えない『無駄(中抜き)』が発生しているのではございませんか? 利益の最大化を計るためにも……そろそろ、彼自身を東のオルディナ領へ長期視察に出し、直接手綱を握らせてはいかがでしょう」
ゼノン国王の目が、強欲な光を帯びて細められた。
半独立状態にある東のオルディナ領は、国王にとって常に目障りな存在である。そこに王家の人間(リュート)を直接送り込み、利益を極限まで絞り上げるという提案は、国王の「支配欲」と「利益追求」を完璧に満たす甘美な響きを持っていた。
「……なるほど。あやつの手腕は本物だ。現場に赴かせれば、さらに余の財は増えるというわけだな。よかろう、即座に長期出張を命じる」
絶対権力者である国王からの「利益を出せという王命」には、いかなる理由があろうとも逆らうことはできない。リュートは一切の反論を封じられ、物理的に東の領地へと隔離されることが確定した。