リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『偽りの聖母3』

3 情報収集と「離宮の真実」の把握

 

 本宮の奥深く、第一側妃ヒルデガードの私室は、氷点下のような静寂と冷気に支配されていた。

 彼女の前に傅く密偵が、一切の感情を排した声で報告を紡ぐ。

 

「――以上の通りです。第一王子殿下は昨日、離宮にてルナリア様に制圧された後、そのまま第三側妃ソフィア様の寝所へ逃げ込まれ、一夜を共にされた模様です」

 

 ピキリ、と。

 ヒルデガードの白魚のような指が、手にした高級な扇の骨を無慈悲にへし折った。

 

「……たかが女一人に腕を捻り上げられた挙句、私に顔向けできず、あの泥棒猫(ソフィア)の甘い毒にすがりつくとは。何と情けない」

 ヒルデガードの切れ長な瞳に、氷のような怒りが渦巻く。

 だが、その怒りの矛先は「傷ついた息子への同情」などでは断じてない。彼女が手塩にかけて育て上げた『王太后への絶対的な階段(神の子)』という至高の器に、癒えないひびを入れられたことへの、支配者としての冷徹な激怒であった。

 

「ですが、あれは私の最高傑作にして王位を継ぐ絶対の駒。ソフィアの元から速やかに引き戻し、壊れた自尊心は私が修復してやらねばなりませんわね。……あの帝国の女に、自らの身の程を弁えさせるという『結果』をもって」

 ヒルデガードが冷酷な報復の算段を巡らせていると、密偵はさらに声を潜め、致命的な情報を落とした。

 

「恐れながら、ヒルデガード様。……事態は殿下の御心だけに留まりません。我々が離宮の動向を探ったところ、第二王子リュート、第一王女リーゼロッテ、さらには西のクロムハルト家の令嬢ヴィオラまでもが頻繁に離宮へと出入りし、ルナリア妃を中心として結束を強めているとの情報が」

 

「……何ですって?」

 ヒルデガードの瞳が、ハッと見開かれた。

 離宮。それは、黒髪赤眼の忌み子と、その後ろ盾のない哀れな異国の母親が、無力に身を寄せ合っているだけの「掃き溜め」のはずだった。

 

 しかし、密偵の報告が事実であれば、そこはすでに単なる隔離施設ではない。ルナリアという女を芯とし、王女や有力公爵家の令嬢までもを巻き込んだ、強固な「コミュニティ(聖域)」と化していることになる。

 

「リーゼロッテまでが、あの女の元へ入り浸っているというの?」

 ヒルデガードは、自らの腹を痛めて産んだ娘の名を口にしながら、そこに一切の感情を乗せなかった。

 

 グラクトは今朝のベッドの中で、『母上は、次期国王の重圧がないリーゼには無条件の愛を注いで甘やかしているに違いない』と、己の逃避を正当化する妄想を抱いていた。しかし現実のヒルデガードの胸にあるのは、憎悪すら生温い『完全なる無関心』であった。

 

『あの色素の薄い出来損ないが、どこで誰とつるもうが私の知ったことではありません。……あれは現在進行中の帝国との婚約交渉という盤上に置かれた、ただの捨て駒。交渉がまとまれば体よく追い出し、わたくしに帝国の後ろ楯があると思わせられる。破談になれば、宮廷貴族に嫁がせわたくしの王宮での影響力を増大させるまでのこと。私にとってどちらに転ぼうとも問題のない人形』

 ヒルデガードにとって、リーゼロッテへの愛情など最初から一欠片も存在しない。この、グラクトの都合の良い妄想と、実母の絶対的な無関心という絶望的なまでの認識の断絶こそが、王国の血統至上主義が生み出した最も悍ましい怪物(システム)の正体であった。

 

 だが、ヒルデガードは冷徹な政治家として、目の前の盤面の危険性を正確に弾き出していた。

『忌み子や出来損ないだけならいざ知らず、西の公爵家の嫡流であるヴィオラが入り浸っているとなれば話は別。……私の息子がソフィアの毒に溺れ、権威を失墜させているこの隙に、あの帝国の女は着々と自分の手足と盾を増やし、王宮内に根を張っているというの?』

 ヒルデガードの胸の内に、ルナリアに対する明確な殺意が灯った。

 

 同郷の武門であるセオリスという狂犬をけしかけ、物理的にあの女を制圧することは造作もない。だが、今の離宮にはリュートやリーゼ、さらにはクロムハルト家という厄介な「目撃者(盾)」が多すぎる。彼らのいる前で強硬手段に出れば、公爵家を巻き込む政治的な大問題に発展しかねない。

 

「……ふふ。いいでしょう。ならば、その忌まわしい蜘蛛の糸を、一本残らず断ち切って差し上げますわ」

 ヒルデガードの美しく整った唇が、妖艶な三日月のように歪む。

 狂犬の鎖を解き放つ前に、あの女の周囲からすべての手足を引き剥がす。自らの手は決して汚さず、王や王妃が喜んで飛びつく「反論不可能な王国の正論(利益)」を囁くことで、ターゲットたちを合法的に王宮から追放するのだ。

 

「さあ、帝国のお姫様。貴女を守る騎士も、慕う子供たちもいなくなった完全な密室で……狂犬の牙を、どう防ぐのかしら?」

 第一側妃の冷徹な頭脳が、ルナリアを完全なる「密室での孤立」へと追い込むための、悪魔的な盤面(排除作戦)の実行を開始した。

 

 

 

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