リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『甘やかなる密談3』

3 最強の母と、婿入りの打診?

 

 夜。東のオルディナ公爵邸、絢爛たる大食堂。

 数々の豪奢な料理が並ぶ長テーブルには、歓迎の宴とは到底思えぬ、ひどく重苦しい緊張感が張り詰めていた。

 その元凶は、上座に座る当主・オルディナ公爵である。

 

 王宮の泥沼から徹底して距離を置き、東の半独立状態を維持してきた極限の保守主義者である彼は、手にした銀のナイフを微かに震わせながら、鋭い眼光でリュートを睨みつけていた。

 

「……リュート殿下。王都における事業の立ち上げ、見事な手腕とお見受けいたします。ですが」

 公爵の低い声が、広間に響く。

 

「いくら事業のパートナーとはいえ、我が娘アイリスとの距離が少々近すぎるのではありませぬか。……我が家は平穏を是とします。王家との間に妙な噂が立てば、東の領地の信用に関わりますぞ」

 それは、公爵なりの「領地と娘を守るための、王族に対する決死の牽制」であった。

 その父の言葉に勇気づけられたように、同席していた弟のテオドールも身を乗り出し、顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「そ、そうです! 昼間から庭園で姉上に密着して……! 姉上をたぶらかすのはやめろ!」

『……なるほど。これが東の公爵家の冒険恐怖症の防衛本能か』

 リュートが冷徹な頭脳で彼らの心理状態を分析し、どう切り返すか(論破するか)を思考し始めた、まさにその瞬間だった。

 

 ――スパーンッ!!

 

 鼓膜を打つような鋭い破裂音が、大食堂の空気を一刀両断した。

 公爵とテオドールの肩が、文字通りビクンと跳ね上がる。

 音の発生源は、公爵の隣に座る美しき公爵夫人であった。

 王国最高の武門であり軍部トップを担うアイゼンガルト侯爵家(元帥家)の出身である彼女は、手にした象牙の扇子をテーブルに叩きつけ、氷点下の微笑みを浮かべて夫と息子を見据えていた。

 

「……あなた? そして、テオドール」

 夫人の声は決して荒ぶってはいない。だが、そこには歴戦の将軍すら平伏させる、武門特有の絶対的な覇気が込められていた。

 

「一介の公爵が、わざわざ東へ御足労いただいた王族に向かって、何という口の利き方ですか。……我が家の『品位』を疑われますよ?」

「う、うむ……っ。す、すまない……」

「あうぅ……はい、母上……」

 先ほどまでリュートを威圧していた公爵は滝のような冷や汗を流して完全にフリーズし、テオドールに至っては首をすくめて子犬のように震え上がった。

 

 物理的な戦闘力と精神的なヒエラルキーにおいて、この公爵家は完全に「母(夫人)が最強」という絶対法則によって支配されているのである。

 

「申し訳ございません、殿下。男という生き物は、どうにも視野が狭くていけませんわね」

 夫人は一瞬で空気を切り替え、春の陽だまりのような優雅な微笑みをリュートへと向けた。

 その瞳の奥には、アイゼンガルトの血筋らしい「強者の力量を測る」鋭い査定の光が宿っている。

 

「……ところで、殿下。我が娘アイリスはいかがですか? 殿下のお眼鏡に適う働きができているでしょうか?」

 それは、娘を預ける相手としての「品定め」の問いであった。

 美しい、気立てが良い、といった表面的な貴族の建前(お世辞)を期待している目ではない。

 その意図を正確に汲み取ったリュートは、一切の照れも、愛想笑いも浮かべることなく、極めて真顔で、しかし絶対の熱量を込めて断言した。

 

「ええ。アイリスは、本当に素晴らしい女性です」

 リュートの真っ直ぐな言葉に、テオドールが「ほら見ろ! やはり姉上を!」と立ち上がりかけるが、夫人の扇子が一瞥しただけで再び着席する。

 

「数字の裏にある真理を見抜く嗅覚。いかなる事態にも動じない冷徹なリスク管理能力。そして何より、強欲さの裏に隠されたあの緻密極まりない計算……。彼女ほど有能で、互いの背中を預けられる最高のパートナーは、この世界に存在しません。私の、最大の誇りです」

 それは、甘い恋の囁きなどとは対極にある、血も涙もない『資本主義の怪物(実務者)』としての最大級の賛辞であった。一切の隙なく論理と思想を共有できる同類としての、極めて重い信頼の告白。

 

「…………っ」

 その言葉を聞いた瞬間。

 当のアイリスは「恐れ入ります、殿下」とすまし顔で淡々とスープを飲んでいたが、その持っている銀の匙は微かに震え、彼女の白磁のような耳の先から首筋にかけて、隠しきれないほど真っ赤に染まり上がっていた。

 

 王都の泥沼を共に泳ぐ彼女にとって、リュートのその冷徹な評価こそが、何百の詩的な愛の言葉よりも深く魂を揺さぶる『極上の肯定』だったのである。

 その娘の微細な反応と、リュートの確固たる実力(本質を見抜く眼)を完璧に理解した公爵夫人は、扇子で口元を隠し、心底満足げに目を細めた。

 

「……まあ、まあ……ふふっ」

 夫人の妖艶な笑い声が、大食堂に響く。

 そして彼女は、冷や汗を流す夫の存在など完全に無視し、至極当然のことのように言い放った。

 

「リュート殿下になら、いつでも我が家に婿入りしていただいて構いませんことよ?」

「なっ……!? 母上、何を……!」

「ぶふっ……!」

 テオドールが絶叫し、公爵がむせて咳き込む。

 だが、リュートのその冷徹な知性と、夫人の絶対的な権力が支配する和やかな空気の中で、彼ら沈黙する男たちに介入する余地など一ミリも残されてはいなかった。

 

 王都の権力闘争とは無縁の東の地で、リュートは確かな自分の「居場所(生存圏)」と、未来の強固な後ろ盾を、泥臭く、しかし確実に手中に収めつつあった。

 

 

 

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