リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

113 / 316
第8話『剥がされた最後の盾1』

1 知性派の罠と、歪んだ特権意識(密室の構築)

 

 本宮の一角、第三側妃ソフィアの実家でもあるセラフィナ侯爵の執務室。

 分厚い遮音結界が張られたその密室で、侯爵は自らの嫡男であるリーデル・ソリュ・セラフィナと向かい合っていた。

 

 かつて離宮の東屋で、六歳だったリーゼロッテに「魔法の未来」という未知の概念を突きつけられ、己の暗記型の知性を根底から揺さぶられた少年。数年の時を経て成長したリーデルの瞳には、知性派貴族としての傲慢さと、かつての屈辱から生じたリーゼロッテに対する異様なまでの「執着(粘着)」が黒々と渦巻いていた。

 

「……お父様。あの生意気な王女が、帝国使節団の接待全権を握ったというのは本当ですか」

 

「ああ。私も補佐として同席したが……驚くべきことに、第一側妃が吹聴していたような『不完全な出来損ない』では断じてなかった。帝国の本質を正確にえぐり出す冷徹な知性、それを裏打ちする完璧な実務能力。あれは、間違いなく王家の至宝だ」

 魔導卿たる侯爵は、舌を巻きながらもその目を細め、底意地の悪い野心を隠そうともしなかった。

 

「あれほどの才女が帝国の手に渡るのは、我が国にとって……いや、我がセラフィナ家にとって莫大な損失だ。何としても、あの王女を我が陣営に引きずり込み、お前の妻として囲い込まねばならん。……帝国も手出しできない『正当な理由』をもってな」

「正当な理由、ですか」

 リーデルが身を乗り出すと、侯爵は邪悪に唇を歪めた。

 

「そうだ。帝国は極端な実力主義であると同時に、契約の潔白さ(貞淑)を重んじる。もし婚約の当事者である王女が、自国の貴族と『不義の仲』にあるという致命的な瑕疵(スキャンダル)が露見すればどうなる?」

「……帝国側から、破談を突きつけてくる。王家は面子を潰され、傷物となった王女の責任を取らせるため、不義の相手である僕に彼女を降嫁させるしかなくなる……そういうことですね?」

 

「ご名答だ」

 侯爵は冷酷に頷き、机の上に一枚のスケジュール表を広げた。

 

「明日の午後、本宮の奥にある資料室で、接待の予算と席次に関する最終調整会議を行う。私が事前に根回しし、その時間帯、資料室の周囲から近衛の警備を完全に遠ざけておく。護衛なしで実務に追われる王女に対し……私は会議の途中で、『過去の極秘資料を取ってくる』と尤もらしい理由をつけて席を外す」

 侯爵の目論見は、王宮という公的な空間に、人為的かつ合法的な「完全密室」を作り出すことであった。

 

「私が席を外したその数十分の間に、お前が『決めろ』」

 侯爵の指示は、貴族としての品位など微塵もない、極めて醜悪で暴力的なものであった。

 

「王女のドレスを引き裂くもよし、悲鳴を上げさせて抱きすくめるもよし。私が部屋に戻った時、誰の目から見ても『既成事実が完了している』状態を作り出せ。……力尽くで組み伏せ、あの王女の誇りをへし折ってやれ」

「……っ」

 リーデルの喉から、歓喜と嗜虐に満ちた熱い吐息が漏れた。

 

 かつての茶会で、自分の知性を論破しようとしたあのプラチナブロンドの少女。女の分際で未来を語り、自分を愚仮にした生意気な王女を、自らの腕力と権力で完全に屈服させ、「僕に従うことこそがお前の品位だ」と思い知らせてやる絶好の機会。

 

「お任せください、お父様」

 リーデルは、歪んだ特権意識と特濃の悪意を煮詰めたような笑みを浮かべ、深く頭を下げた。

 

「あの生意気な王女に、教えて差し上げますよ。王宮における真の『品位』と……女が絶対に従わねばならない、抗うことのできない『事実』というものを」

 知性派を自称する親子が企てたのは、極めて原始的で、反論を許さない「暴力と汚辱」による王女の強奪であった。

 

 彼らは自らの欲望を満たすことだけを考え、リュートが不在となった盤面で、いよいよリーゼロッテに対する決定的な牙を剝き出しにしたのである。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。