リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『静かなる宣戦布告3』

3 法の限界認識と、事実の確定

 

 ルナリアが別室へ運ばれ、医師による決死の治療が続く中。

 事態がひと段落した深夜のサロンに、むせ返るような血の匂いが重く滞留していた。

 

 第二王子リュートは、破壊された室内の中央に立ち、前世で培った法曹としての冷徹な思考をフル稼働させていた。

 

 足元には、王家の宝物庫にしか存在しない最上級の回復ポーションの空き瓶が散乱している。これほど高価な魔法薬を、一介の近衛騎士が私物として大量に持ち歩けるはずがない。背後で第一側妃ヒルデガードが糸を引いていることは、火を見るよりも明らかであった。

 

 だが、リュートは怒りに吞まれることなく、即座に脳内で敵陣営からの反論をシミュレートする。

 

『……駄目だ。この薬品類だけでは、ヒルデガードを直接刺す証拠にはならない。「次期当主たる近衛騎士として、緊急時や暗殺対策のために特別に携帯を許可されていた」と強弁されれば、それを覆す客観的証明は不可能に近い。グラクトの不作為にしても、彼が現場に不在である以上、法的義務違反としての立証は通らない』

 

 推測や状況証拠だけで敵の本陣を突けば、王宮の老獪な詭弁と「品位」という名の隠れ蓑によって確実にかわされる。法曹としての限界認識。

 

 リュートは、不確かな「推測」を自らの武器から完全に切り捨てた。彼が手にする刃は、王家自身が絶対に反故にできない『品位』という規範と、誰の目にも明らかな『客観的事実』だけでなければならない。

 

「……殿下。外周警備に当たっていた者たちの処置が終わり、意識を取り戻しました」

 静寂の中、警備隊長のカイルが血と泥に塗れた姿でサロンに足を踏み入れた。東からの狂ったような強行軍を共に駆け抜けた彼は、倒れていた部下たちの惨状にギリッと奥歯を噛み締めながらも、実務者としての報告を上げる。

 

「証言を記録しろ、カイル。セオリスは『いつ』、『どのような手段』で離宮の門を突破した?」

「はっ。本日夕刻。セオリスは単独で正門に現れました。国王陛下や王妃様の正式な書状(令状)の提示は一切なく、制止しようとした警備隊員たちを純粋な腕力のみで叩き伏せ、強行突破したとのことです」

 

「見事だ。……彼らには、十分な恩賞と治療を約束すると伝えてくれ」

 リュートは冷酷に頷いた。これにより、セオリスがいかなる法的手続きも経ていない、完全なる『不当な侵入と暴力』であったという第一の事実が確定した。

 

 続いてリュートは、廊下の隅で青ざめ、ガタガタと震えている離宮の王国人侍女たちをサロンへと呼び入れた。普段は言われた仕事しかせず、異国の側妃や忌み子に対して冷淡な態度を崩さない彼女たちも、この血の海と、先ほどのリュートの底知れぬ魔力の暴発に完全に怯えきっていた。

 

「……お前たち。見たこと、聞いたことだけをありのままに答えろ」

 感情を完全に削ぎ落とした、尋問官としての冷徹な声。リュートは彼女たちの目を真っ直ぐに射抜き、一切の嘘を許さない圧力をかけた。

 

「あ、あの男は……セオリス様は、扉を蹴り破って、ルナリア様を……っ」

「誰の命だと言っていた? 暴力を振るいながら、何と叫んでいたか。一言一句違えずに証言しろ」

 

「ひっ……! い、言って、おられました……! 『これはグラクト様の命であり、グラクト様の品位を守るための、正当な教育である』と……何度も、狂ったように叫びながら……ルナリア様を……っ!」

 侍女の言葉に、リュートの赤い瞳の奥で、氷のような刃が鋭く閃いた。

 

『……これで十分だ』

 現場に残された凄惨な拷問の傷跡と破壊の痕跡。警備隊員による、令状なき強行突破の証言。

 

 そして、侍女たちによる「セオリスが『グラクトの品位のため』と公言しながら暴力を振るった現行犯である」という証言。

 

 リュートは、背後の黒幕(ヒルデガード)や不作為(グラクト)への糾弾を一旦すべて棚上げし、この『セオリスによる不当な暴力の現行犯』と『グラクトの品位のためという発言』という一点のみを、言い逃れのできない完全な事実として確定させた。

 推測を排し、事実のみを幾重にも積み上げる。

 

 それは、前世で幾多の罪人を追い詰めてきた法曹が、王宮という理不尽なシステムそのものを破壊するために組み上げた、冷徹で完璧な「断頭台」であった。

 

 

 

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