リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『静かなる宣戦布告4』

4 昏睡の母と、復讐の楔

 

 王宮の優秀な医師による必死の治療と、大量の魔法薬の投与により、ルナリアの無惨に切り裂かれた外傷は塞がり、辛くも一命を取り留めることはできた。

 

 しかし、魔法の回復ポーションは破壊された細胞や組織を強制的に結合させるだけであり、体外へ流出した血液までをも無から生み出す「万能の奇跡」ではない。

 

 終わりのない拷問によって致死量スレスレの血を流し尽くしていた彼女の身体は、極度の失血と、劇薬による強制治癒の凄まじい負荷に耐えきれず、深い昏睡状態に陥ったまま目を覚ます気配はなかった。

 

 静まり返った寝室。

 全身を分厚い包帯で巻かれ、艶やかだった黒髪を無惨に失った母が、血の気を失った蠟人形のように痛々しく横たわっている。

 

 リュートはベッドの傍らに座り、氷のように冷たくなった母の細い手を、両手でそっと握りしめた。

 

『……母上。貴女は、決して泣き叫ばなかったのですね』

 リュートには、痛いほどに分かっていた。

 

 これほどの激痛と陵辱を受けながら、彼女の表情には屈服や怯えの痕跡が微塵も残っていない。ルナリアは自らの血肉を対価にして、王宮の野蛮な暴力に対し、最後まで帝国の虎としての『気高い誇り』を守り抜いたのだ。

 

「……今はまだ、裏で糸を引く奴らを直接裁く根拠(証拠)はありません。ですが……」

 リュートの赤い瞳の奥で、法曹としての冷徹な光と、人間を辞めた『修羅』としての黒い殺意が完全に融合し、異常な熱を帯びて瞬いた。

 

「この『セオリスの暴走(現行犯)』と『グラクトの品位のためという発言』……絶対に動かせないこの客観的事実を楔にして、王家の喉元に深く突き立ててやります。奴らが最も重んじる『品位』というルールを使って、逃げ場のない盤面に引きずり込み、自らの陣営を食い破らせてやる」

 それは、己の生存圏を泥臭く広げていた「実践者」としてのリュートの、完全な脱皮を意味していた。

 

 もう、陰で道楽者を演じて立ち回るのは終わりだ。母の血で汚されたこの理不尽な世界を根底から書き換える「創設者」に至るため、彼は自ら修羅の道を歩む覚悟を決めた。

 

「もし、王家がこの事実から目を背け、不誠実な詭弁で逃げようとするのなら……」

 リュートは、東のオルディナ公爵領でアイリスと共に構築した「魔導船団」の存在を思い起こす。いつでも王都の物流の首根っこを押さえ、同時に海路からの脱出を可能にする物理的な手札。

 

「……その時は、お母様とルリカを連れて海を渡り、帝国へ向かいます。そして、帝国の武力と我々の経済網をもって、この王国を物理的にすり潰す。……手段は選びません。奴ら全員に、一人残らず社会的な死と地獄を与えてやる」

 怒りで思考を歪ませることなく、確定した事実を最強の武器として冷徹な包囲網を構築し、同時に最悪の場合の『武力による国家転覆』すら視野に入れた絶対的な決意。

 

 夜明けが近づく中。

 リュートは手にした血塗られた証言の束を握り締め、母の冷たい手にそっと口付けを落とした。

 

 すべては、旧秩序の絶対権力者である国王への、反論不可能な「強訴」を行うために。

 ――ここに、血と暴力によって王宮の均衡が完全に破壊され、静かに、そして重々しく幕を閉じる。

 

 

(第3章 完)

 

 

 

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