リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第4章『破壊から創設』
第1話『王家の天秤1』


1 静かなる告発状の作成

 

 血の匂いが微かに鼻腔を突く離宮の執務室。

 分厚いカーテンが夜気を遮る密室の中で、蠟燭の炎だけが揺らめいていた。惨劇の夜から夜明けに至るまでの数時間、第二王子リュート・セシル・ローゼンタリアは、一睡もすることなく分厚いオーク材の机に向かい続けていた。

 

 彼の眼前には、カイルがまとめ上げた警備隊員たちの証言録取書、怯えきった侍女たちから引き出した供述書、そして散乱していた最上級回復ポーションの空き瓶の破片が整然と並べられている。

 

 極限の怒りと魔力の暴発を経て、現在のリュートの精神は、恐ろしいほどの静寂と冷徹さに包まれていた。前世で培った法曹としての思考回路が、ノイズとなる一切の感情を排斥し、目の前にある「点」を冷酷に結び合わせ、一つの巨大な「線」へと構築していく。

 

 リュートは、羽ペンを走らせながら、ここ数日の王宮の不可解な動きを時系列順に羊皮紙に書き出していった。

 

 第一に、西のクロムハルト公爵家への介入。技術の要であるヴィオラに対する、実家への急な帰省命令。

 

 第二に、東のオルディナ公爵領の物流網に関する、リュート自身への監査要請。

 

 第三に、本宮で開催された帝国使節団の接待という大舞台への、リーゼロッテの異例の抜擢。

 

 これらは全て、王宮の正規の部署から発せられた、あるいは正当な理由に基づく要請であった。書類上の手続きに一切の瑕疵はない。ヴィオラの帰省には家族の事情が絡み、リュートの監査は王家の利益を守るための名目があり、リーゼの抜擢は彼女自身の優秀さを示す名誉として機能していた。

 

 だが、それらが「同日同時刻」に重なる確率など、天文学的な数字である。

『……偶然にしては出来過ぎている。いや、偶然であるはずがない』

 結果として何が起きたか。

 

 離宮から戦力と頭脳が完璧に削ぎ落とされ、最大の盾であったルリカすらも引き剝がされた。ルナリア・ネイア・ローゼンタリアという、異国出身の第二側妃を「完全な孤立状態」に置くための、極めて人為的な密室が完成したのである。

 

 リュートの赤い瞳が、氷のように冷たい光を放つ。

 この緻密で陰湿な盤面を描き、王宮の各部署を動かせる権力と、ルナリアを排除する明確な動機を持つ人間。

 

 ――第一側妃、ヒルデガード・クリエ・ローゼンタリア。

 彼女が黒幕であることは、状況証拠から見て疑いようがなかった。

 

 しかし、リュートの手はそこでピタリと止まる。前世で幾多の狡猾な権力者を追い詰めてきた検察官の理性が、冷酷な現実を突きつけていた。

 

『……確たる物証がない』

 各部署からの命令は正当な理由で処理されており、ヒルデガード自身の手を汚した痕跡はどこにもない。実行犯である狂犬・セオリスが「グラクト様の品位のため」と叫んだことは事実だが、それがヒルデガードの直接的な指示であると証明する書状や証人は存在しないのだ。

 

 法廷で「全ては偶然重なっただけであり、セオリスの個人的な暴走である」と強弁されれば、未必の故意や共謀共同正犯を立証することは不可能に近い。人治国家の頂点にある者たちは、そうした「尻尾切り」の技術において並外れた老獪さを持っている。

 

 真っ向から法理論だけで挑めば、分厚い権力の壁に阻まれ、有耶無耶にされる。

 ならば、どうするか。

 

 リュートは、自らがこれから破壊しようとしている、この国の絶対的な規範へと意識を向けた。

 

 ――『品位』。

 法典の条文すらも上回る、王族が王族たるゆえん。彼らが最も重んじ、そして最も恐れるもの。

 

『王家の権力を私物化し、人為的に防衛網を剝がした上で、次期侯爵たる近衛騎士を放ち、猟奇的な拷問の密室を作り上げた。……その絵図を描いたのが第一側妃であるという「噂」』

 それが真実であるかどうか、法的に立証できるかどうかは、この際問題ではない。

 

 そのような醜悪極まりない陰謀の『疑惑』が、王立学園の生徒たちや、四公爵家をはじめとする貴族社会に流布すること自体が、王家の『品位』を致命的に失墜させるのだ。

 

 金髪金眼の神の子を擁する本宮陣営にとって、血塗られた権力闘争の生々しい実態が白日の下に晒されることは、何よりも避けねばならない致命傷となる。

 

「……これを、揺さぶりの材料とする」

 リュートは低く呟き、書き上げた羊皮紙を冷たい視線で見下ろした。

 

 それは、セオリスの暴走という「動かせない事実」を楔としつつ、背後に潜むヒルデガードの悪意を「品位の失墜という名の脅迫」に変換して包み込んだ、極めて政治的で凶悪な『告発状』であった。

 窓の外が、白み始めている。

 

 私怨に狂う獣ではなく、王家の天秤を冷酷に操作する盤面の支配者として。

 リュート・セシル・ローゼンタリアは、完成した告発状を懐に深く忍ばせ、静かに立ち上がった。

 

 

 

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