リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
2 冷酷なる踏み絵と、追放
血の海と化した寝室を支配するのは、瀕死のルナリアの微かな呼吸音と、少女にとってあまりにも重すぎる「絶望的な因果関係」の宣告だった。
「あ……ぁ……」
リーゼロッテの金色の瞳が見開かれたまま震え、喉の奥から空気が漏れるような掠れた音だけが鳴る。
最高級の絹で仕立てられた華やかなドレスが、今の彼女には、実の母(ヒルデガード)が自分に巻き付けた「呪いの鎖」のように重く感じられた。
実の母と兄の陣営を政治的に抹殺し、最終的には物理的に命を絶つ。リュートが下したその冷徹な宣告は、単なる私怨による復讐などではなく、王家の「品位」という絶対の盾そのものを破壊するための、明確な殲滅戦争の布告であった。
その重圧に押し潰されそうになる少女に対し、リュートは一切の容赦なく、決定的な『踏み絵』を迫った。
「……僕はこれから、お前の実の母と兄を殺すことに全力を傾ける。王家を内側から食い破る、権力闘争を始める」
リュートの赤い瞳が、凍てつくような冷たさでリーゼロッテを見下ろす。
「お前は第一王女であり、あの女の実の娘だ。これから始まる苛烈な派閥闘争において、血縁という情は致命的な弱点になる。だからこそ、今ここで明確に選べ。リーゼ」
声に怒気はない。あるのは、実務家としての極めて冷酷な事象の切り分けだけだ。
「お前は、母上にこの凄惨な拷問を仕向け、血だまりに沈めた実の家族を許容し、僕の『敵』に回るか。それとも、実の母と兄を社会的に抹殺し、最終的に命を絶つという僕の闘争に加担し……僕の『共犯者』になるか。……今すぐここで選べ」
極限の二者択一。
血族の情に僅かでも迷いがある者を、これから始まる国家規模の闘争に置くことは絶対にできない。背中を預けるからには、彼女の「思想」と「覚悟」の底を完全に問い質し、不確定なリスクを排除する必要があった。
だが、少女にとって、それはあまりにも酷で、急すぎる選択だった。頭が真っ白にショートし、思考が完全に停止する。
本宮に戻れば、ヒルデガードの操り人形として生きる道が待っている。だが、リュートの側に立てば、実の家族を自らの手で滅ぼすための道に身を投じることになる。
何より、彼女自身が先ほど「お前の存在が母上を孤立させる歯車になった」という事実を突きつけられたばかりなのだ。間接的にルナリアの防衛を剝ぎ取ってしまった自分に、リュートの共犯者として並び立つ資格などあるのか。
凄まじい自己嫌悪と、実の親を殺す計画に加担することへの根源的な恐怖が渦巻き、リーゼロッテは即答できず、ただ小さく唇を震わせた。
「お、兄様……わたしは……」
その、ほんの数秒の躊躇。
それを見た瞬間、リュートの瞳から、兄としての最後の熱が完全に消え失せた。
「……そうか。ならば、交渉は終わりだ」
為政者は、その一瞬の躊躇を「政治闘争における致命的な迷い」であると、冷酷に判定した。
「……え?」
「躊躇は拒絶と同義だ。実の家族を滅ぼす覚悟のない者を、置いておくわけにはいかない。……お前は今日から、僕の『敵』だ」
リュートはそれ以上何も問わず、リーゼロッテの細い腕を掴んだ。そこに暴力的な怒りはなく、ただ不要な駒を退かすような、冷たく機械的な力だった。
彼はそのまま、彼女の体をエントランスの重厚なオーク材の扉の外へと容赦なく押し出した。
「お兄様っ……! 待って、私は――」
「……出て行け。二度と、この扉を開けるな」
バタンッ――!!
有無を言わさぬ氷の宣告とともに、離宮の分厚い扉が、無情にもリーゼロッテの目の前で閉ざされた。
冷たい石造りの回廊に一人締め出された彼女の耳に、内側から重い閂が下ろされる、鈍く決定的な音が響き渡った。