リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 孤独な自問自答(二つの世界の比較)
内側から重い閂が下ろされる音が、リーゼロッテと『家族』とを完全に隔絶した。
誰もいない、冷たい石造りの回廊。十歳の少女は最高級の絹のドレスが汚れることも構わず、その場に力なくへたり込み、震える両膝をきつく抱え込んだ。
「あ……ぅ……っ……」
声にならない嗚咽が漏れる。だが、極限の恐怖と絶望の中にあっても、彼女の頭脳は、かつてリュートから教え込まれた『論理(盤面を俯瞰し、利害を計算する力)』を無意識に稼働させていた。
今の自分にとっての、最も合理的で生存確率の高い『最適解』は何か。
――本宮(あちらがわ)に戻ることだ。
第一王女として、これまで通り「無害で愚かな飾り」の仮面を被り続けること。実の母ヒルデガードからは「プラチナブロンドの出来損ない」と蔑まれ、政治の道具として消費されるだろう。しかし、王族の『品位』というルールに従属している限り、命の安全は保障されている。
何より、本宮に戻れば、自分自身の手を汚して実の母と兄を殺す闘争に加担せずに済む。リュートたちがどれほど血を流そうと、ルナリアがこのまま死のうと、「見て見ぬふり」さえしていれば罪悪感と返り血からは逃れられるのだ。
血みどろの権力闘争において生き残るための生存戦略として、これほど完璧で客観的な理屈はない。だからこそ、先ほど彼女は躊躇してしまった。
だが。
その完璧な最適解が導き出した「安泰な未来」を想像した瞬間、リーゼロッテの胸の奥底で、強烈な拒絶反応が暴れ狂った。
実の親から無価値だと見捨てられ、孤独に震えていた自分に、温かな居場所と「ありのままでいい」という無条件の肯定を与えてくれたのは、ルナリアだった。
ただ怯えて生きるしかなかった自分に、生き残るための知性と、理不尽な常識に立ち向かう武器を授けてくれたのは、リュートだった。
影のように傍に立ち、不器用な優しさで守り続けてくれたのは、ルリカだった。
客観的な最適解を選べば、自分は確実に生き残れる。
しかし、その安泰な世界は、自分に本当の愛を教えてくれたルナリアの肉体を無惨に切り刻み、穏やかだった兄の心を殺し、ルリカを絶望の淵に叩き落とした場所だ。
そんな狂った世界で、ただ綺麗な手のまま、あの女(ヒルデガード)の操り人形として生き長らえること。それは、ルナリアたちが与えてくれた「魂の温もり」を自ら裏切り、ドブに捨てることと同義ではないのか。
「……っ、そんなの……」
膝に顔を埋め、リーゼロッテの目から大粒の涙が石床へとこぼれ落ちる。
生存戦略でも、客観的な合理性でもない。
彼女の心の奥底に、根拠などないが絶対に譲れない、強烈で主観的な一つの感情の核が明確に姿を現した瞬間だった。
「……そんなのは、絶対に……嫌だっ……!」
暗く冷たい回廊に、十歳の少女の、論理を打ち破る血を吐くような魂の叫びが響き渡った。