リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
5 共闘の誓い(パートナーとしての自立)
己の感情を確固たる『信念』へと昇華させたリーゼロッテの脳裏に、かつて離宮の暖炉の前で、リュートと共に広げた「影の地図」の記憶が鮮明に蘇る。
このローゼンタリア王国を支配しているのは、第一側妃ヒルデガードや国王が体現する「血統と品位による人治主義」だ。自らは安全な場所から血の流れない地図を睨み、他者を盤上の駒として消費する。かつての初代王が血塗られた粛清を隠蔽し、恐怖を「徳」と「形式美」で包み込んだだけの、欺瞞に満ちた腐敗の思想。
対して、ルナリアが体現していたのは、帝国の虎としての「弱肉強食の実力主義」だ。血統や見せかけの優雅さを嫌悪し、己の武力と生存能力のみを絶対的な基準とする、生々しくも純粋な暴力の思想。
だが、リュートはそのどちらをも明確に否定していた。
品位という名の見えない独裁も、圧倒的な暴力による弱者の淘汰も、結局は強者の恣意的な判断によって人が理不尽に食い殺される構図に変わりはない。だからこそ彼は、そのどちらでもない『第三の道』――すなわち、王の言葉や血統すらも縛る、明文化された客観的なルール(成文法)による新しい理の創設を掲げていたはずだ。
リーゼロッテは、固く閉ざされた離宮の扉を見つめながら、かつて彼から教わった論理の刃を、他でもないリュート自身へと向けて鋭く自問する。
『……お兄様は先ほど、あの女を社会的に抹殺し、最終的には物理的に命を絶つと言った。でも、それは本当に「お兄様が目指す世界」に繋がるの?』
六歳の頃、リュートは「言葉の裏にある前提を読め」と教えた。
今の彼が吐き出した冷酷な宣告の裏にある前提は、冷徹な政治的計算などではない。ルナリアを無惨に破壊されたことへの、血を吐くような絶望と憎悪だ。
もしリュートがその憎悪に完全に呑まれ、単なる復讐としてヒルデガードたちを惨殺したとすればどうなるか。それは結局のところ、「品位」という古いシステムを「圧倒的な暴力と恐怖」で塗り替えただけに過ぎない。初代王が下した残虐な粛清と同じ、血塗られた歴史の反復だ。
古いルールを破壊することはできても、新しい理を創設することにはならない。今のリュートは、あまりにも巨大な喪失を前にして、その卓越した論理を「復讐の道具」としてのみ駆動させ、思想本来の目的を見失いかけている。
だからこそ、自分にできることがある。自分がやらなければならない。
彼が世界を分析する「観察者」であった頃のように、ただ彼の背中に隠れ、庇護されながら仮面を被って立ち回るだけの妹でいる時期は、今日、この冷たい廊下で終わったのだ。
私が選ぶのは、彼の闘争を遠くから見守ることでも、彼の暴走に盲従することでもない。
リュートが掲げる「新しい理の創設」という巨大な目標を共有するパートナーとして、彼の隣に立つこと。そして、もし彼が今のように理屈と怒りだけで暴走し、破滅的な道へと堕ちようとするならば、私が信念と論理をもって徹底的に議論し、正面から彼を正すことだ。
王宮書庫の片隅で、二人で盤面を読み解き、反論し合いながら思考を深めてきたあの日のように。
ヒルデガードを殺すことは、目的の終着点ではない。狂ったこの国を根本から作り直し、二度とルナリアや自分たちのような犠牲者を出さないための、ただの『通過点』に過ぎないのだ。
リーゼロッテは立ち上がり、最高級の絹で仕立てられたドレスの裾を払った。
その金色の瞳には、かつての怯えるだけの出来損ないの王女の面影は微塵もない。リュートの理屈の鎧を見透かし、彼と共に血塗られた権力闘争の盤面を歩みながらも、その先にある真の目的を見失わないための「錨」となる決意。
彼女は、固く閉ざされた離宮の重厚な扉を、今度は自らの明確な意志と、為政者としての覚悟をもって、力強く見据えた。