リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 主従の鎖を断つ抱擁(ルリカへの祈り)
リーゼロッテが己の能力で生き抜く誓いを立て、静かに顔を上げた時。
ルナリアの視線は、ベッドから一歩引いた暗がりで、ただ一人、主を守れなかった己の無力さを呪い、血塗れの甲冑姿で肩を震わせている少女へと向けられた。
「……ルリカ」
掠れた声に呼ばれ、ルリカは弾かれたように顔を上げた。
彼女は罪悪感に押し潰されそうで、リュートやリーゼのように傍に寄ることすら躊躇っていたのだ。だが、ルナリアは痛みに耐えながら、ゆっくりと手招きをした。
「……そんな所で、一人で泣かないで。……こっちへ、おいで」
その言葉に引かれるように、ルリカはふらつく足取りでベッドへと歩み寄った。そして、崩れ落ちるように石床に膝をつき、両手で顔を覆って声を殺して泣き始めた。
「……申し訳、ありません……ルナリア、様……私っ……お守り、できず……っ!」
主従としての自責の念に絡め取られている彼女の頭を、ルナリアは残された最後の力で、愛おしそうに撫でた。
「……謝らないで、ルリカ。……貴方は、誰よりも立派に私の影となり、私を、そしてこの子たちを守ってくれたわ」
ルナリアの漆黒の瞳に、深い哀惜の色が浮かぶ。
「……私についてこさせたばかりに、貴方の人生を王宮の裏側に縛り付けてしまった。……普通の女の子のように、素敵な結婚相手を見つけてあげることもできなくて……本当に、ごめんなさい」
「――っ! そ、んなこと……! 私は……ルナリア様にお仕えできたことだけが、誇りで……っ!」
首を横に振るルリカ。ルナリアは、力を失っていく身体を僅かに起こし、手招きをして彼女の顔をさらに近づけさせた。
そして、ルリカの耳元に唇を寄せ、他の誰にも聞こえないほどの声で、密やかに囁いた。
「……ねえ、ルリカ。……もし良ければ、これからも……あの子を、リュートを助けてあげて。……貴方が望むなら、リュートの『妻』となってもいいのよ」
「……えっ……?」
予想外すぎる言葉に、ルリカは涙を溢れさせたまま目を見開き、ルナリアの顔を見つめ返した。
身分差という絶対の壁、そして「影」としての生。それらを、主自らが完全に破壊した瞬間だった。
呆然とするルリカに対し、ルナリアは死の淵にあるとは思えないほど、優しく、そして底知れぬ慈愛を込めて静かに微笑んだ。
「……考えておいて。……貴方はもう、誰の『影』でもないのだから。これからの人生は、貴方自身が自由に選択していいのよ」
ルナリアは、ルリカの震える肩を引き寄せ、己の細い腕の中に抱きしめた。
「……貴方は、もう一人ではありません。……貴方は私の、誇り高き娘。そしてリュートにとっては、血の繋がりを超えて共に歩むべき『姉』であり……家族なのです。……私の娘になってくれて、ありがとう……」
「ルナリア、様……っ。お母様……!!」
その瞬間、ルリカを生涯縛り付けるはずだった「侍女(影)」という名の鎖が、音を立てて弾け飛んだ。
彼女はルナリアの肩に顔を埋め、これまで押し殺してきた感情のすべてを吐き出すように、幼子のように声を上げて泣き崩れた。
リュートは、母の遺志に従うように、そして新たな家族を迎え入れるように、泣き崩れるルリカの肩にそっと手を置いた。
月光の下、血統や身分というすべての呪縛から解き放たれ、ただ愛と個人の意志だけで繋がった「新しい家族」の形が、そこに産声を上げていた。