リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
5 月光の浄化と、永遠の別れ
リュートが涙ながらに誓った『新しい秩序(法)の創設』という壮絶な覚悟。
それを聞き届けたルナリアの瞳から、それまで張り詰めていた「帝国の虎」としての鋭い光が、ふっと解けるように消え去った。
後に残ったのは、ただ愛する子供たちの成長を心底から喜び、安心しきった、一人の平凡で優しい母親の顔だった。
「……ええ。貴方たちなら……必ず、できるわ……」
ルナリアの呼吸がいよいよ途切れ途切れになり、その命の砂時計が最後の一粒を落とそうとしていることは、誰の目にも明らかだった。
凄惨な拷問に肉体を破壊され、政治的な敗北の中で謀殺される。客観的な事実だけを切り取れば、それは王家の理不尽に踏み躙られた、あまりにも残酷で無惨な『悲劇』に他ならない。
だが、ルナリア自身の魂にとって、これは決して悲劇などではなかった。
彼女は誰の駒として死ぬわけでもない。己の意志で王宮の毒から子供たちを隠し、己の意志で敵の矛先を一身に引き受け、そして己の意志で、未来を創る者たちへ最高の『祈り』を託し終えたのだ。
それこそが、彼女自身が先ほど説いた「自由と責任」の極致であり、何者にも屈しなかった彼女の誇り高き『生き様』の証明であった。
ルナリアは、三人の手を重ね合わせたまま、霞みゆく視界の中で、愛する家族の顔を一人ひとり、しっかりと脳裏に焼き付けた。
「……みんな……幸せに。最期、息を引き取る時に……『幸せだった』と、胸を張って言える人生を歩みなさい……」
掠れた、けれど離宮のどこまでも深く染み渡るような、透明な声だった。
「私は……こんな最後だけど……」
血に塗れ、包帯に巻かれた自らの身体。それでも、彼女の口元には、この世のすべての苦痛を超越したような、柔らかで美しい微笑みが浮かんでいた。
「……貴方たち三人に出会えて……愛し合えて……確かに、幸せだったわ……」
「……お母、様……っ」
「……お母様……ぁあ……っ!」
堪えきれず、リーゼロッテとルリカが声を上げて泣きじゃくる。リュートもまた、母の手を握りしめたまま、ボロボロと大粒の涙をこぼし続けていた。
ルナリアは、最後に三人の手の温もりを確かめるように、僅かに指先に力を込めた。
「……ありがとう……私を、お母さんに……してくれて……」
それが、彼女の最期の言葉だった。
愛する三人の手の温もりの中で、ルナリアは穏やかに最後の一息を吐き出した。
繋いでいた指先からふっと力が抜け、その瞳が、静かに閉じられる。二度と、その瞼が開くことはなかった。
外では、昨晩から降り続いていた冷たい雨が、いつの間にか噓のように止んでいた。
厚い雲が割れ、雲間から差し込んだ一筋の澄んだ月光が、窓を越えて、亡骸となったルナリアを白く照らし出す。
その表情は、地獄のような拷問の苦痛すらも完全に浄化したかのように、ただただ神々しく、静謐な気品に満ちていた。
それは無念を抱えた犠牲者の顔ではない。己のすべてを懸けて愛する者たちを守り抜き、未来という最大の遺産を託し終えた、真の『勝者』の顔だった。
彼女の生き様と、託された三つの祈りは、残された三人の胸の最も深い場所に、決して消えることのない絶対の『思想』として刻み込まれた。彼らがこれからどんな地獄を歩もうとも、この温かく気高い祈りが、彼らを見失わせることはないだろう。
「……ああ……ぁああああああああっ!!」
「お母様……っ! お母様ぁ……っ!!」
声にならないリュートの慟哭と、リーゼとルリカの絶叫が、月明かりの離宮に響き渡る。
それは、ただの喪失を嘆く悲しみの声ではない。
古い理不尽な世界を破壊し、母が望んだ「自由と責任」の国を創り上げるための、血を吐くような産声であった。