リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『品位という防波堤2』

2 離宮会議(秩序という名の創設と、共犯の誓い)

 

 深夜。本宮への報告を終えたルリカが、息を切らして離宮へと帰還した。

 主を失った凄惨な寝室から場所を移し、蠟燭の火が微かに揺れるリュートの書斎にて、残された三人による最初の「離宮会議」が開かれた。

 

 重苦しい沈黙の中、上座に座るリュートが静かに、しかし断固たる口調で切り出した。

 

「今後の基本方針を伝える。……第一側妃殿下や第一王子殿下への、個人的な暗殺や私刑(復讐)は一切行わない」

 その宣言に、リーゼロッテが弾かれたように顔を上げた。金色の瞳には、強い拒絶の色が浮かんでいる。

 

「……どうしてですか。お兄様は、私に気を使っているの? 私の本当の親と兄だから、血に塗れた復讐を見せたくないと……。もしそうなら、やめてください! お兄様が地獄に堕ちるなら、私も行くわ。私のために復讐を諦めないで!」

「違うよ、リーゼ」

 リュートは、身を乗り出して反発する妹の視線を真っ直ぐに受け止め、静かに首を振った。

 

「血みどろの復讐など、母上は望んでいない。母上は最後に『幸せだったと言える人生を歩みなさい』と遺された。僕たち三人が本当に幸せに生きられる状態を作るためには、ヒルデガード個人の首をすげ替えるような凶行ではなく、この狂った体制そのものの改革が必要なんだ」

 

「体制の改革、ですか……」

 ルリカが戸惑うように呟く。リュートはそこで一度言葉を切り、リーゼロッテへ向き直って深く頭を下げた。

 

「だが、その壮大な盤面を動かす前に、僕は君に謝らなければならないことがある」

「お兄様……?」

 

「先日の本宮での強訴で、僕は第一側妃の陰謀を立証するために、『リーゼとヴィオラが意図的に遠ざけられたこと』を指摘してしまった。……その結果、あの二人を排除すれば母上の孤立が完成すると僕が認識していること、つまり、君とヴィオラが僕にとって『絶対に失えない手駒』であることが、本宮に完全に露呈してしまった」

 

「……!」

「すまない。僕の失態だ。これから先、君とヴィオラには、第一側妃陣営からこれまで以上に陰湿で厳しい監視と圧力がかかることになる」

 謝罪する兄に対し、リーゼロッテは一切の動揺を見せず、ただ力強くかぶりを振った。

 

「謝らないでください、お兄様。……私が離宮を選んだ時点で、本宮からの風当たりは覚悟の上です。ヴィオラ様にも、私からうまく伝えます。……それで、お兄様。私たちはこれから、どう動くのですか?」

 妹の強靭な覚悟に救われ、リュートは顔を上げる。その瞳には、為政者としての冷徹な光が宿っていた。

 

「まずは、実行犯であるセオリスを公式な法廷に引き摺り出し、完全に断罪する。それによって、彼の生家であるゼノビア侯爵家を王宮の中枢から排除し、彼らを最大の武力的な後ろ盾としている第一側妃の影響力を大きく削ぐ」

「ですが、ヒルデガード様の影響力が削がれれば、王宮内の派閥の均衡が崩れます」

 ルリカの指摘に、リュートは頷き、盤面の「その先」を語る。

 

「その通りだ。第一側妃の権勢が落ちれば、必然的に、すでに第一王子グラクトの『情交奉仕者』として彼の閨と精神的な寵愛を掌握している第三側妃ソフィアと、その後ろ盾である魔導卿・セラフィナ侯爵家が台頭し、強大な権力を握ることになる」

「……!」

 

「王妃マルガレーテは、何よりも『派閥の均衡』を重んじる。第一側妃という重石が外れ、すでにグラクトを籠絡している第三側妃の陣営が王宮の権勢を独占するようなパワーバランスの崩壊を、あの冷徹な女狐が許すはずがない」

 それは、権力者の心理と現在の王宮の勢力図を完璧に読み切った悪魔的な推論だった。

 

「だからこそ、僕はその状況を意図的に作り出す。均衡が崩れた盤面で、突出した第三側妃陣営を牽制するための『対抗馬』として、王妃が僕を必要とせざるを得ない状況に追い込むんだ」

 先日の強訴で、リュートは王妃の正論に対し、自らの感情を完全に制圧して綺麗に引いて見せた。あの引き際を見せたことで、王妃はリュートが盤面を俯瞰できる異常な知性を持っていることに気づき、極限の警戒を抱いているはずだ。

 

「僕に対する王妃の警戒を解くためには、『リュートは優秀で危険だが、兄グラクトの治世を支える忠弟としてコントロールし、第三側妃の対抗馬として利用できる』と錯覚させる必要がある。……そのための『最高の一手(要求)』を、次の交渉で突きつける」

 リュートは声を潜め、これから本宮から下されるであろう「王家の裁定」に対して、自らが叩きつけるつもりの本命の条件を二人に語った。

 

「――次の交渉で、僕は王家に『第一王子グラクトの王位継承権の白紙化』を要求する。これが、僕の本命の条件だ」

 その内容を聞いた瞬間。

 リーゼロッテは絶句し、ルリカは信じられないものを見るように目を見開いた。

 

「……っ! お兄様、それは……! 第一王子殿下の継承権を剝奪するということですか!?」

「剝奪ではない。『一旦白紙に戻し、王立学園卒業時の評価まで次期国王の決定を凍結する』という体裁をとる。側近一人まともに御せない今のままでは上に立つ価値はない、危機感を持って成長していただきたいという『忠弟の進言』としてね」

 

「あまりにも……劇薬です。ですが、もしグラクト殿下が本当にその重圧に耐え、奮起して王の器へと成長してしまったらどうするのですか?」

 ルリカのもっともな懸念に対し、リュートは極めて冷徹な笑みを浮かべた。

 

「構わない。むしろ、それならそれで都合がいいんだ。……今の兄上は、第一側妃とゼノビア侯爵家という強固な保護者の上で踊らされているだけの、政治的な赤子に過ぎない。もしこの要求によるプレッシャーで精神をすり減らし、陣営ごと内部から自滅するなら、その時は僕が玉座を簒奪して直接、新しいルールを敷く。……だが、もし重圧を跳ね除けて優秀な為政者として育つなら、それはそれでいい。兄上を『象徴としての王』に据え、僕が宰相として実権を握り、裏から改革を断行すればいいだけのことだ」

 リーゼロッテは、兄の底知れぬ計算に息を吐き出した。

 

「第一王子殿下が潰れようが育とうが、どちらに転んでも……お兄様が実権を握るための盤面が完成する、ということ……?」

「そういうことだ。それに、この『兄の成長を促すための試練』という体裁こそが、王妃の警戒を解き、この要求を飲ませるための最大の目くらましになる」

 リュートは机の上に視線を落とし、彼が最終的に目指す国家の青写真を言葉にした。

 

「方法は大きく分けて二つある。一つは、王家という血統の支配を完全に根絶やしにし、選ばれた者たちが国を治める仕組みに変えること。もう一つは、王家という存在は残しつつも、王の権力すら縛り付ける『絶対のルール』を敷くことだ。……どちらを選ぶにせよ、現体制の破壊は免れない」

 自身へ向けられる王妃の警戒を逆利用し、敵陣営に時限爆弾を仕掛けながら、どちらの目が出ても自分たちの勝利(新秩序の創設)に繋がる悪魔の両面待ち。

 

「母上は『自由には責任が伴う』と仰った。僕はこれから、この国に新しい自由をもたらすための、重く血に塗れた責任を負う。……リーゼ、ルリカ。僕と一緒に、この十字架を背負ってくれるか」

 共に修羅の道を往く覚悟を問う、悲壮で熱い決意。

 

 二人は、リュートが描いた恐るべき盤面と、母の願いを叶えるための壮絶な覚悟に深く納得し、同時に立ち上がった。そして、リュートの前に静かに跪き、その手をとる。

 

「……ええ。お兄様の創る新しい秩序のために、私のすべてを捧げます」

「リュート様。この命、そして私の未来も……すべて、貴方と共に」

 月明かりの書斎で、三人の「共犯者」による、王家に対する絶対の忠誠と共闘の誓いが、静かに、しかし確固たる重みをもって結ばれた。

 

 

 

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