リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 御前会議(弾劾状と、国王の激怒)
夜明け前の本宮、重厚な扉に閉ざされた最高会議室。
そこには、王国の中枢を担う限られた者たちだけが緊急招集されていた。上座には国王ゼノンと王妃マルガレーテ。そして下座の冷たい石床には、近衛騎士団長にして王国最大の武力派閥の長、ゼノビア侯爵が平伏していた。
「――ゼノビア! 貴様、我が妃ルナリアを死に至らしめるなど、息子のセオリスにどのような教育をしているのだ!!」
国王ゼノンの怒号が、鼓膜を劈くように会議室に響き渡った。
帝国の至宝たる美貌と知性を持ち、己の自尊心を満たしてくれる最愛の女を奪われた喪失感。そして、自らが絶対の権力を握る王宮内で武力行使がなされたという事実に対し、ゼノンの感情は完全に沸騰していた。
「申し開きをしてみろ! 余の妃を、一介の騎士が惨殺するなど、万死に値する凶行であるぞ!!」
唾を飛ばして激怒する国王に対し、平伏するゼノビア侯爵は一切の弁明も、命乞いもしなかった。
分厚い筋肉の鎧に身を包んだ巨漢の侯爵は、ただ石床に額を擦りつけたまま、王宮正典に則った「武門の形式美」として、重々しく、かつ盲目的な忠誠心とともに答えた。
「……すべては、臣の不徳の致すところにございます。愚息セオリスが天の理を違え、陛下の御心を煩わせた罪、いかようにも罰をお受けいたします」
ゼノビア侯爵の脳内には、王立学園の思想統制によって純粋培養された「王家絶対」の教義が根張っている。彼ら武門にとって、王家――とりわけ金髪金眼の血統は「神の子」であり、国家を照らす絶対の光である。
下位の者が上位の品位を汚すことは許されない。もし不都合が生じたならば、それはすべて「上位の方を正しく補佐できなかった下位の者の責任」である。ゼノビアは言い訳をする頭脳も持ち合わせていなければ、そうするつもりも毛頭なかった。
「罰を受けるだと? 当然だ! 貴様の一族ごと――」
「――お待ちください、陛下。お怒りはごもっともですが、それ以上声を荒らげるのは、陛下ご自身の『品位』を損なうことになります」
激昂するゼノンを、隣に座る王妃マルガレーテの氷のような声が制圧した。
「マルガレーテ! 余の悲しみが分からぬのか!」
「悲しんでいる場合ではありません。事態は、一人の側妃が死んだという次元をとうに超えているのです」
マルガレーテは冷徹な視線で国王を黙らせると、卓上に置かれた一枚の書類――数日前に第二王子リュートから突きつけられた『弾劾状』の内容を、会議室の全員に共有した。
「現状、確定している客観的事実は一つ。ゼノビア侯爵の嫡男たるセオリスが、第二側妃を惨殺した実行犯であること。……問題は、第二王子殿下が強訴で主張した『この事件の構図』です」
王妃は、平伏するゼノビア侯爵、そして同席させられている第一側妃ヒルデガードへと鋭い視線を向けた。
「第二王子殿下は、ルナリア妃が孤立した一連の王命の『隙間』を第一側妃殿下が意図的に縫い合わせ、密室を作り上げたという疑惑を指摘しました。さらに、実行犯のセオリスは『これはグラクト様の命であり、品位を守るための正当な教育である』と叫んでいたという証言があります」
「なっ……!」
「馬鹿な!」
その内容に、同席していた重臣たちが息を呑んだ。
金髪金眼たる第一王子グラクトは、生まれながらの「神の子」であり、国家の正統性を体現する無垢なる光だ。その光が、あろうことか私怨による暗殺を命じた、あるいは黙認していたとなれば、王家の絶対的な基盤である『品位(清浄さと無垢)』が根底から崩壊してしまう。
「ご理解いただけましたね。もしこの主張が『噂』として貴族院や民衆に流布すれば、次期国王たる第一王子殿下の神聖性は地に堕ちる」
マルガレーテは感情論を完全に排し、国家の防衛者としてのロジックを展開した。
「リュート殿下は、黒髪赤眼ゆえに王位を継ぐことはない相対的な『影』ですが、その血統は間違いなく王族のものです。彼が本気で王家の暗部を暴き立てれば、帝国をも巻き込む致命的な醜聞になりかねない。……我々が今なすべきは、この事件から第一側妃殿下と第一王子殿下の関与を完全に切り離し、王家の品位を無傷で守り抜く『公式な真実』を確定させることです」
王妃の言葉に、激怒していた国王ゼノンもようやく事の重大さに気づき、青ざめた顔で玉座に深く沈み込んだ。
「では、事実関係の整理を始めます」
マルガレーテは、扇で口元を隠し、冷や汗一つかかずに座っている女――第一側妃ヒルデガードを見据え、王家の存亡を懸けた尋問を開始した。