リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『品位という防波堤4』

4 蜘蛛の弁明と、武門の忠義(防波堤の構築)

 

 氷のような視線を突き刺す王妃マルガレーテに対し、第一側妃ヒルデガードは扇で口元を隠したまま、微かな動揺すら見せずに優雅な笑みを浮かべた。

 

 北の最前線を束ねるアイギス公爵家出身の王妃と、王国最大の武力派閥を背後で操る第一側妃。共に血生臭い武門の家に生まれ、冷酷な王宮の権力闘争を生き抜いてきた二人の女による、国家の存亡を懸けた高度な化かし合いが始まった。

 

「第一側妃殿下。貴女は、第二王子殿下が指摘した通り、王命の隙間を縫って意図的に離宮を孤立させ、セオリスに凶行を命じたのですか?」

 単刀直入な、しかし逃げ道を塞ぐような王妃の問い。

 

 だが、ヒルデガードの返答は、あまりにも滑らかで、寸分の隙もない完璧な詭弁であった。

 

「……王妃様、それは恐ろしい誤解にございます」

 彼女は扇をパチンと閉じ、伏し目がちに嘆いてみせた。

 

「公爵令嬢の帰省も、物流網の監査も、すべては正当な国益に基づく陛下の御判断。離宮から戦力が削がれ、ルナリア妃が孤立状態に置かれたのは、全くの『偶然』が重なった結果に過ぎません。……わたくしのような一介の側妃に、陛下と王妃様が下された神聖なる裁可を操るなど、できるはずがございませんわ」

 それは、「もしこれを私の陰謀だと言うのなら、あなた方自身の統治の甘さを認めることになりますよ」という、極めてしたたかな脅迫を含んだ牽制だった。

 

 マルガレーテの眉が僅かにピクリと動く。それを尻目に、ヒルデガードは本命の防衛線を張り巡らせる。

 

「さらに、実行犯であるセオリスへの指示についてですが……ルナリア妃の振る舞いが、我が第一王子殿下の御心を僅かに動揺させておりました。私はただ、『グラクト殿下の心理的な不安を取り除くために、寄り添って欲しい』と頼んだだけです。……まさか、あのような凶行に及ぶとは、夢にも思いませんでしたわ」

 すべては思い込みの激しい若き騎士の暴走。自分は母として息子の平穏を願っただけ。

 そして、彼女は最後に、この国における最大の絶対法則を盤面に叩きつけた。

 

「当然、グラクト殿下ご自身が、セオリスの凶行を命じた、あるいは知っていたなどあり得ません。天の光を宿す『神の子』であらせられるあの方が、あのような穢れた惨劇を望まれるはずがないのですから」

 完璧な利害調整だった。

 

 自らの関与を完全に否定し、すべての責任を実行犯であるセオリス個人の狂気へと転嫁する。同時に、金髪金眼の王族たるグラクトの「清浄さと無垢(品位)」という絶対不可侵の盾を掲げることで、王妃の追及を封じ込めたのだ。

 

 もしここで第一側妃を潰そうと踏み込めば、必然的に「光たるグラクトの威光」にも泥が跳ねる。それは、王家の屋台骨が折れることを意味する。

 

『……見事な蜘蛛の糸だわ。ルナリアのような正面突破の鋭さはないが、体制の理屈を使いこなす盤面操作(利害調整)においては、この女の方が遥かに厄介ね』

 マルガレーテは内心で舌を巻きながらも、その詭弁が「王家の品位を守るための最適解」であることを即座に理解した。あの底知れぬ怪物(リュート)を抑え込むためには、第一王子という神輿を無傷で保ち、強固な防波堤を築かねばならない。

 

「……第一側妃殿下の言い分は分かりました」

 二人の武門の女の視線が交錯し、音のない合意が形成された。王妃は、冷徹な裁定者としての仮面を被り直し、平伏し続けるゼノビア侯爵を見下ろした。

 

「第一王子殿下の品位と無謬性は、王家として絶対に守らなければならない国家の最優先事項です。よって、王家の見解として、本件はセオリスの完全な単独の暴走と断定します」

 

「……」

「ゼノビア侯爵。天の光たる王子殿下にこのような穢れを近づけた管理責任は、ひとえに、貴方たち侯爵家の『不徳』にあります。違いますか?」

 それは、身内を切り捨てろという冷酷な死刑宣告だった。

 

 しかし、王立学園の思想統制により「王家絶対」の教義を骨の髄まで叩き込まれている脳筋の侯爵は、一瞬の躊躇いも見せなかった。

 

 下位の者が上位の品位を損なうことは万死に値する。上位の方に瑕疵はなく、すべては己の至らなさである。その絶対の形式美に従い、ゼノビア侯爵は重々しく口を開いた。

 

「……王妃様の仰る通りです。すべては、我が家の監督行き届かざるがゆえ。……武門の長として、天の理を乱した息子の狂行の責は、我が家がすべて負いましょう」

 石床に額を擦りつけたまま、侯爵は己の血肉を切り捨てる誓いを立てた。

 

「第一王子殿下の気高き品位と、王家への絶対の忠義のため……セオリスは、我がゼノビア侯爵家が責任を持って処断いたします」

 自ら泥を被り、息子をトカゲの尻尾として切り捨てる武門の宣言。

 

 その言葉を受け、マルガレーテは静かに頷き、怒りに震えていた国王ゼノンへと視線を向けた。ゼノンもまた、愛する女を失った私情を飲み込み、王としての『品位』を保つために、苦渋に満ちた表情で承認の印として深く頷いた。

 

 ここに、王家の方針は完全に決定した。

 第一王子陣営を無傷で守り抜き、武門の忠義を盾にして実行犯を一族の内部処理として握り潰す。それは、迫り来るリュートの冷徹な法理の刃を弾き返すための、巨大で理不尽な「品位という名の防波堤」が完成した瞬間であった。

 

 

 

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