リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『白金邂逅2』

2 「妹との邂逅」

 

 王宮書庫からの帰り道は、いつもより長く感じられた。

 私は母の手を握りながら、長い回廊を歩いていた。蝋燭の灯りが石壁に揺れ、足音だけが静かに響く。母は私の横顔をそっと見つめ、優しく微笑んだ。

 

「リュート……今日もたくさん読んだわね。お疲れ様」

「お母様……ありがとう。一緒に来てくれて」

「いつでも一緒にいるわ。リュートが知りたいと思うなら、お母様はどこまでもついていく」

 その言葉に胸が温かくなる。しかし、その温もりはすぐに、書庫で得た冷徹な知識の重さに覆い隠された。

 

 (この国は、血統と品位で人を測る。母の愛情だけでは、いずれ立ち行かなくなる日が来る)

 回廊を曲がった先、階段の陰に小さな影があった。

 プラチナブロンドの髪が肩を覆い、金眼が涙で潤んでいる五歳ほどの少女。膝を抱え、肩を震わせて座り込んでいた。

 

 リーゼロッテ・ソレイユ・ローゼンタリア。第一側妃ヒルデガードの娘であり、私の異母妹だ。顔を合わせるのは初めてだった。

 

 (なぜここに? 本宮から離れたこんな薄暗い場所に……)

 母も少女に気づき、わずかに眉を寄せた。

 私はそっと母の手を離し、階段の方へ歩み寄った。

 

「……どうしたの?」

 声をかけた瞬間、リーゼロッテはびくりと体を硬直させた。涙に濡れた金眼が、私の黒髪と赤い瞳を捉える。途端に、彼女の顔に明らかな「恐怖」と「拒絶」が浮かんだ。

 

「……こ、来ないで……ッ!」

 彼女は後ずさり、壁に背中を押し付けた。

 

「先生が……言ってた。黒髪赤眼は、王国の純血を乱す異端だって……近付いちゃいけない、汚れた存在だって……!」

 五歳の子供が発するにはあまりにも残酷な言葉。それが、彼女が本宮で受けてきた「教育」の成果なのだろう。

 私は歩みを止め、彼女から少し離れた階段の段差に、ゆっくりと腰を下ろした。近づきすぎず、視線を同じ高さに合わせる。

 

「……そうだね。王宮の人たちは、僕たち黒髪を『不完全な欠陥品』だと思ってる」

 私が否定せずにあっさりと認めたことで、リーゼロッテは毒気を抜かれたように目を瞬かせた。

 私は静かに、彼女のプラチナブロンドの髪を見つめた。

 

「でも、それは君も同じじゃないのかな」

「……え?」

「君の髪は、第一王子のような純金じゃない。色素の薄いプラチナブロンドだ。……王宮の人たちは、金髪金眼だけを『完璧な光』として扱う。それ以外は全部、劣ったものとして扱うんだ。先生やお母様から、君の髪は『薄くて不完全だ』って、言われてるんじゃない?」

 リーゼロッテの肩が、びくっと大きく跳ねた。図星だった。

 

「僕の黒髪も、君のプラチナブロンドも、あの人たちから見れば同

じで『完璧じゃない欠陥品』だ。だから、僕には君がどうしてこんな誰も来ない暗い場所で泣いているのか、少しわかる気がするんだ」

 少女の金眼から、せき止めていた涙がボロボロと溢れ出した。

 

 血統至上主義という狂った常識の中で、「完璧な駒になれ」と強いられ続け、少しでも規格から外れれば否定される毎日。愛情の飢餓状態に陥り、精神的な限界を迎えていた五歳の少女にとって、私が突きつけた「僕たちは同じ欠陥品だ」という現実は、呪いであると同時に、初めて得た「共感」だったのだ。

 

「……母様は……私に価値がないって言うの……」

 しゃくりあげながら、彼女はぽつぽつと、すがるように零し始めた。

 本宮での生活。母ヒルデガードの冷たい視線。「グラクト兄様のような完璧な存在を支えるための、政略結婚の駒にならなければ意味がない」という重圧。今日、とうとう教師から「色素の薄いあなたには駒の価値すら怪しい」と切り捨てられ、耐えきれずに逃げ出してきたこと。

 

「私……不完全なの……。母様に見てもらえないなら、生きてる意味なんて……」

 (法以前に、この『品位と血統』という呪いが、この国の人間を内側から殺している)

 私は立ち上がり、今度は逃げられない距離まで近づいて、優しくリーゼロッテの肩に手を置いた。

 

「君の髪、僕好きだよ」

 リーゼロッテの金眼が、ぱちりと大きく見開かれた。

 

「プラチナブロンドって、すごくきれいだ。太陽の光を柔らかく受け止めて、細い銀の糸みたいに輝く。……髪の色で価値が決まるなんて、絶対におかしい」

 私は黒髪を指で軽く払い、赤い瞳をまっすぐ彼女に向けた。

 

「君が泣いてるのを見て、僕、胸が痛くなった。それは、君の髪の色が理由じゃない。君自身が悲しんでるからだ。だから……君の価値は、血統なんかじゃなく、君が今ここで泣いて、苦しんでる、その心そのものにあるんだと思う」

 リーゼロッテが、私の服の袖をぎゅっと力強く握りしめた。

 「異端」だと教え込まれた相手の手を、彼女はもう、振り払おうとはしなかった。

 

 

 

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