リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『玉座の司法取引2』

2 謁見と、王家の裁定(トカゲの尻尾切り)

 

 玉座の間に足を踏み入れた瞬間、リュートはその異様な静けさに即座に本宮の「意図」を悟った。

 広大な空間に立ち並ぶべき重臣たちの姿はなく、上座に座すのは国王ゼノンと王妃マルガレーテの二人のみ。それは、側妃の不審死という国家を揺るがす大事件を、王家内部の「秘密裏の処理」として穏便に片付けようとする明白な意思表示であった。

 

 背後に控えるルリカの静かなる殺気を背中で感じながら、リュートは完璧な臣下の礼をとって深々と頭を下げる。

 重苦しい沈黙の中、最初に口を開いたのは国王ゼノンであった。

 

「リュートよ……。ルナリアの死は、余にとっても青天の霹靂であった。惜しい女を亡くした……」

 ゼノンの声は、為政者としての冷徹な威厳を保とうと必死に抑制されていた。王妃から「決して情を見せるな」と厳命されている以上、彼は公の場でリュートに寄り添うような発言をすることは許されない。だが、密かに愛していた女を理不尽に奪われた悲痛な面持ちまでは、その表情の奥に完全に隠し切れてはいなかった。

 

 しかし、そのわずかな感情の揺らぎすら、王妃マルガレーテは決して見逃さない。

 ルナリアという後ろ盾を失ったリュートに対し、国王が同情を見せて新たな『政治的庇護者』になり得るような隙を作ることは、第一王子陣営の絶対優位を揺るがす致命的なエラーだからだ。

 

「――陛下。王家の貴重な財産を失ったお痛ましさは理解いたしますが、今は公式な裁定を伝える場にございます」

 マルガレーテは氷のような声でゼノンの感傷を強制的に断ち切り、感情の一切を排した鋭い視線をリュートに突きつけた。

 

「第二王子殿下。先日、貴方が提出した弾劾状に基づき、王家として厳正なる調査を行いました。その結果、本件はセオリスの事実誤認による『単独の暴走』と断定されました」

「単独の暴走、ですか」

 

「ええ。第一側妃殿下および第一王子殿下が、あのような凶行を命じたという証拠は一切確認できませんでした。よって、天の光たる第一王子殿下への不敬な疑惑は、これをもって完全に払拭されます」

 それは、第一王子陣営を王家の威光という絶対の防波堤で完全に保護するという冷酷な宣言だった。そしてマルガレーテは、母を失った少年の怒りを手っ取り早く宥めるための「妥協案」を提示する。

 

「しかし、セオリスの罪が万死に値することは揺るぎない事実です。実行犯たる彼については、監督責任を問われたゼノビア侯爵家が、王家の品位を保つため……自らの手で秘密裏に、かつ厳重に『処断』するとの誓約を得ています」

 これこそが、体制が用意した巨大なトカゲの尻尾切りであった。

 

 王家の品位を無傷で保つため、武門の忠義を利用して実行犯を一族内で密かに始末させ、すべての醜聞に蓋をする。それでいて、遺族であるリュートには「犯人の死」という実質的な報復の成果を確実に与える。

 

 いかに聡明な子供であろうと、この巨大な体制の壁を前にしてこれ以上の譲歩を引き出すことは不可能であり、犯人の命という果実を与えられれば矛を収めるしかない。

 

 王妃が構築した、逃げ道のない完璧な司法取引。ゼノンは妻の隣で、ただ苦渋に満ちた沈黙を保つことしかできなかった。

 

『……見事な手だ。母上の命を秘密裏の処刑一つで安く買い叩き、王家の暗部を完全に闇に葬るつもりか』

 リュートは、提示された冷酷な条件を前にしても、怒りや絶望を一切顔に出さなかった。

 

 彼はゆっくりと顔を上げる。その端正な顔にあるのは、復讐に狂う子供の感情ではなく、修羅の知性を極限まで研ぎ澄ませた、冷徹な交渉人としての仮面だけであった。

 

 

 

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