リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

152 / 315
第6話『玉座の司法取引3』

3 修羅の反証と、第一の条件(公開法廷)

 

「……単独の暴走。なるほど、王家としての『品位ある回答』に感謝いたします」

 リュートは、母の命を秘密裏の処刑一つで握り潰そうとする冷酷な裁定に対し、静かに、そして恭しく頭を下げた。

 

 彼の中の「子」としての激しい憎悪は、すでに極限の理知の奥底に封印されている。今この玉座の間に立っているのは、復讐に駆られた少年ではなく、盤上の血肉を交渉のチップとして冷徹に切る「政治家」であった。

 

「ですが、王妃様。もし王宮の警備を担う近衛の凶行を、その生家内で密かに処理してしまえば、どうなるか。……王家は自らの庭で起きた反逆すら自らの手で裁けない、脆弱な存在であると内外に錯覚させかねません」

 リュートは顔を上げ、氷の仮面を被った王妃の目を真っ直ぐに射抜いた。

 

「王家が提示した『公式な真実』を受け入れる代わりとして、僕から三つの条件を提示させていただきます」

「……条件、ですか」

 マルガレーテが扇の奥で目を細める。リュートは一切の躊躇なく、第一の要求を突きつけた。

 

「一つ目。セオリスを秘密裏に処断するのではなく、王家の最高法廷で裁くこと。被告人はセオリスとし、同時に、監督責任としてゼノビア侯爵本人にも法廷へ出廷していただきます。そして、この裁判は王族および貴族の傍聴を許した公開法廷とすること」

 

「――却下します」

 リュートの言葉が終わるか終わらないかのうちに、マルガレーテが鋭く切り捨てた。

 王妃の脳裏で、凄まじい速度の計算が走る。

 

 法廷という公式の場で、セオリスが自己弁護のために「これはグラクト殿下の品位を守るためだった」と喚き散らせばどうなるか。その内容が下位の貴族たちにまで筒抜けになれば、第一王子陣営への致命的な醜聞となる。

 

「法廷で事の全容が不必要に晒されれば、王家の、ひいては第一王子殿下の品位失墜に繫がる恐れがあります。大衆の好奇心に王家の暗部を晒すなど、言語道断」

 マルガレーテは即座に防衛線を張り、厳しい条件(制限)を突き返した。

 

「法廷を開くこと自体は許可します。ですが、傍聴が許されるのは王族と、任意による各公爵・侯爵の『当主本人』までに限定します。それ以下の貴族や関係者の立ち入りは一切禁じる。……また、判決結果の公表についても、民衆には単なる『王宮近衛の暴走とその処断』としてのみ布告します。これでよろしいですね」

 それは、被害者側への凄まじい情報統制の強要だった。

 

 だが、リュートは一切反発せず、「……承知いたしました」とあっさりと引き下がった。

 その瞬間、マルガレーテの背筋に微かな悪寒が走った。

 

『……この少年、最初からそれが狙いか!』

 王妃は、リュートの要求の真の恐ろしさに気づき、息を呑んだ。

 

 リュートは、第一側妃ヒルデガードの首を直接狙うような無謀な真似はしていない。彼が要求したのは、「ゼノビア侯爵本人を法廷の場に引き摺り出し、王国最高位の貴族たち(公爵・侯爵)の面前で、監督責任という名目で徹底的に糾弾し、恥をかかせること」だ。

 

 下位貴族や民衆に事実が漏れなくとも、上位の権力者たちに「ゼノビア公爵家は王宮で暴走し、第一側妃の足を引っ張った愚かな一族」という烙印を押せれば、それで十分なのだ。第一側妃陣営の最大の武力的な後ろ盾を、政治的・社会的に完全に殺すための、完璧に計算された盤面構築。

 

『弱冠十三歳にして、復讐の感情を完全に殺し、王宮の勢力図を的確に削り取る法理の刃を振るうというのか。……なんという恐ろしい怪物』

 マルガレーテの中で、リュートに対する評価が「危険な少年」から、「王家の脅威となる完成された政敵」へと完全に書き換わった。

 

「……よろしい」

 王妃が警戒レベルを最大に引き上げて同意した直後、リュートは逃げ道を塞ぐように静かに言葉を継いだ。

 

「では、もう一つ確認させてください。単なる王宮近衛の暴走として公表されるとのことですが、王家への反逆者は『公開処刑』となるのがこの国の法のはずです。……それでよろしいですよね?」

 法理の矛盾を突く鋭い念押し。セオリスを公に裁く以上、その首は民衆の面前で刎ね飛ばされなければ筋が通らない。

 だが、マルガレーテは即座に牽制を放ち、その刃を弾き返した。

 

「勘違いなきよう。この国の司法権の長は陛下です。裁判長は陛下ご自身が務められます。法廷の場を用意したからといって、必ずしも貴方の望む結末(公開処刑)になるとは限りませんよ」

 判決の決定権はあくまでこちら側(王家)にあるという、司法権を盾にした絶対の防衛線。しかし、リュートは平然と頷いた。

 

「当然です。法の理に則り、客観的事実のみで厳正に裁いていただきましょう。……では、続けて二つ目の条件です」

 王家の防波堤に最初の大穴(ゼノビア公爵の失脚)を空けることを確定させたリュートは、いよいよ本命たる最大の劇薬――第一王子の王位継承権に絡む要求へと、冷徹に踏み込んでいった。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。