リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
4 第二の条件(王位継承権の白紙化)
公開法廷の開催という第一の条件を突きつけたリュートは、間髪入れずに本命の劇薬を投下した。
「二つ目。実行犯であるセオリスの凶行を未然に防げなかった第一王子殿下の監督責任を問い、殿下の王位継承順位を一旦『白紙』に戻すこと。次期国王の決定は、王立学園卒業時の評価まで凍結していただきます」
その言葉が玉座の間に響いた瞬間、空気が凍りついた。
「――正気ですか、リュート殿下!」
これまでいかなる盤面でも冷静さを保っていた王妃マルガレーテが、初めて声を荒らげた。
「次期国王の座を白紙にするなど、絶対に認められません! 王位継承者の空白が、どれほど王国の屋台骨を揺るがし、貴族間の派閥争い(内乱)を誘発するか、理解できないのですか!」
「そうだ、リュート! 余も御家騒動など望んではおらん。ルナリアも、そのような国を割る悲劇を望むはずがない!」
国王ゼノンも、悲痛な面持ちで王妃に同調する。彼らにとって王位継承権の不可侵性こそが国家安寧の要であり、それを脅かすことは帝国の介入すら招きかねない最悪の愚行であった。
激しい反発と拒絶。だが、リュートの表情には微塵の焦りもなかった。彼はここで、前世の法廷で培った最大の武器――『相手のロジックを利用した演技』を起動させる。
「御家騒動、ですか。……陛下、王妃様。それは大きな誤解です」
リュートは、さも心外であるかのように首を振り、深く、憂いを帯びた声で語り始めた。
「僕は、兄上から王座を奪いたいわけではありません。むしろ逆です。……天の光を宿す『神の子』であらせられる兄上が、このまま王座に就くことの危険性を憂慮しているのです」
「どういう意味ですか」
「今の兄上は、側近一人の狂気すら察知して御すことができなかった。もしこの凄惨な事件を経てもなお、王家が無条件で兄上の継承権を確定させれば、上位貴族たちはどう見るでしょうか。『第一王子は、第一側妃殿下と侯爵家に守られているだけの、無力な神輿に過ぎない』と侮るはずです」
マルガレーテの眉がピクリと動く。それは、王家の威光の根幹を突く痛烈な正論だった。
「兄上には、上に立つ者としての強烈な危機感を持って成長していただきたい。王立学園という公の場で、自らの実力で『神の子』たる価値を証明していただきたいのです。継承権の凍結は、兄上を貶めるものではなく、真の王となるための『教育的試練』に他なりません」
兄を心から案じる忠弟の、悲痛な進言。
さらにリュートは、王妃が抱く最大の懸念――「リュート自身が王座を狙い、御家騒動を起こすのではないか」という警戒を解くため、自らの頭を指差した。
「それに、考えてもみてください。忌み子たるこの『黒髪赤眼』の僕が王位を主張したところで、血統と品位を重んじるこの国の民や貴族たちが、僕を玉座に据えることを許すはずがありません」
それは、この国の絶対的なルール(宮廷正典)そのものだった。金髪金眼を欠く者は、あくまで相対的な「影」であり、王統の頂点には立てない。
「僕には強力な母国の後ろ盾もなく、今や母上すら失い、完全に孤立無援です。僕に王座を狙う野心も、それを実現する力もないことは、王妃様が一番よくお分かりのはずです」
僕が玉座に就けない以上、対抗馬は存在せず、御家騒動など起こり得ない。だからこれは、あくまで「唯一の次期国王への試練」なのだ、と。
自らの「弱者としての立場」と「国のルール」を完璧に利用した理論武装。
マルガレーテは沈黙し、凄まじい速度で盤面を再計算した。
確かに、黒髪赤眼のリュートが王座に就くことは、宮廷正典上あり得ない。対抗馬にならない彼が「兄の成長のための試練」として継承権の凍結を求めるのであれば、派閥争い(御家騒動)には発展しない。
むしろ、「王家は身内(第一王子)の監督責任に対してもこれほど厳格な処置をとるのだ」と、王家の公正さを対外的にアピールする絶好の材料になり得る。
『……この十三歳の少年は、自らの血統の不利すらも交渉のカードとして切り、第一王子を試練という名の崖っぷちに立たせた。なんという恐ろしい知性と胆力』
マルガレーテは、リュートの「忠弟の演技」の奥底にある冷酷な計算を完全に理解したわけではなかった。彼女は、リュートが「グラクトを精神的に追い詰めること」自体を目的としていると錯覚させられたのだ。彼が真に狙う「体制そのものの破壊」に気づくには、彼女はあまりにも「血統と品位のルール」に縛られすぎていた。
「……陛下。第二王子殿下の進言には、一理あります」
ついに、マルガレーテが陥落した。
彼女はゼノンへ向き直り、冷徹な為政者の声で告げた。
「第一王子殿下の『教育的試練』として、王立学園卒業時の評価まで次期国王の指名を保留する。……王家の公正さを示すためにも、これが最善の落としどころかと存じます」
王妃の言葉に、ゼノンは苦渋の表情を浮かべながらも、重々しく頷くしかなかった。
玉座の間で、十三歳の「影」が、国家のルールと王妃の理知すらも盤上の駒として操り、王家の防波堤に致命的な時限爆弾を仕掛けた瞬間であった。