リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『玉座の司法取引6』

6 離宮への帰還と、真の狙い(新秩序の礎)

 

 本宮での極限の司法取引を終え、リュートとルリカが離宮へ帰還したのは、太陽が中天に差し掛かる頃であった。

 重厚な扉が閉ざされた書斎には、彼らの帰りを待ちわびていたリーゼロッテと、離宮警備隊長であるカイルが控えていた。

 

「お兄様……!」

「概ね、満足のいく結果だ。法廷の準備は整った」

 駆け寄るリーゼロッテに対し、リュートは淡々と本宮での成果を報告する。

 

 第一王子陣営の武力的な後ろ盾(ゼノビア侯爵家)を公開法廷に引き摺り出すこと。そして「兄の成長を願う忠弟」という完璧な演技によって、グラクトの王位継承権を白紙化(凍結)させたこと。

 

 その恐るべき交渉の結果を聞き、カイルは息を呑み、リーゼロッテは「お兄様、本当に王位を諦めたわけではないのですよね?」と、その真意を問うた。

 

「当然だ。当面は忠弟を偽装するが、王座に就くことすら、この国の腐った体制を破壊するための手段の一つに過ぎない。僕の真の目的は、王権すらも縛る人治ではない法治の創設だ」

 リュートは冷たく、しかし知的な笑みを浮かべ、カイルの方へと視線を向けた。

 

「その新秩序を創設するためには、避けては通れない重大な課題がある。……圧倒的な『人材不足』だ」

「人材、でございますか?」

 怪訝な顔をするカイルに対し、リュートは極めて現実的な国家運営のロジックを語り始めた。

 

「血統による人治国家を破壊し、成文法に基づく組織的な国家を創れば、法を解釈し、書類を処理し、実務を回すための大量の『中級・下級役人』が必要になる。だが、現在の王宮は特権意識に塗れた貴族ばかりで、泥臭い実務を正確にこなせる人材が致命的に足りていない。……だから、僕たちの手で一から育てる」

 リュートは、本宮から勝ち取ったばかりの『離宮の人事権』という手札を盤面に置いた。

 

「カイル。君が育った王都の孤児院から、人材を徴用する」

「……っ! 私の、孤児院からですか」

 

「そうだ。年齢や性別は問わない。少女たちは離宮の侍女として雇い入れ、ルリカの麾下で徹底的な教育を施す。若者や少年たちは新兵として、カイル、君の警備隊で鍛え上げろ」

 孤児院という、身分制度の最底辺に置かれた無垢な資源。貴族の悪習に染まっていない彼らこそが、新しい法治国家を支える手足となる。

 

「そして、ここからが本題だ。……リーゼ、君にはカイルを護衛として伴い、その孤児院へ定期的に通ってもらいたい」

「私が、ですか?」

 

「ああ。表向きの理由は『王家の人気取りのための慈善慰問』だ。第一側妃の娘である君が孤児院を援助する姿は、王家の慈悲と品位をアピールする絶好の隠れ蓑になる。本宮の連中も、それを疑うことはないだろう」

 リュートは地図の上に駒を置くように、冷徹な視線で次なる指示を出す。

 

「だが、真の目的は違う。カイルと共に孤児院の内部を極秘に『教育機関化』してほしい。僕と共に王宮の書庫で学んできた、君のその優秀な知性で……孤児たちに読み書きと計算、そして基礎的な法理を徹底的に叩き込むんだ」

 

「……孤児院を、学校に」

 リーゼロッテがその壮大な計画に目を丸くする中、リュートは具体的な出口戦略(パイプライン)を提示した。

 

「そこで教育を施し、極めて優秀な知性を見せた者は、特待生としてか、漏れても何名かは海運組合の利益を使って王立学園へ送り込む。そしてそれ以外の者たちは、王都に進出させるアイリスの『海運組合の王都本部』へ預ける」

 

「アイリス様の組合へ……なるほど。本部での事務方や計算係ですね」

 臣下として控えていたルリカが即座に意図を理解し、頷いた。

 

「その通りだ。これから莫大に拡大していく海運組合の王都本部には、実務を正確にこなせる人材が大量に必要になる。孤児院で教育した者を組合で実務経験させ、安定した生活基盤を与えつつ、数年後の『新体制(国家創設)』における実務官僚の予備軍としてプールしておくんだ」

 それは、単なる慈善事業ではない。

 

 特権階級の目を欺きながら、孤児たちを「新しい国家の歯車」として練り上げる、極めて冷酷で、同時にこれ以上ないほど希望に満ちた救済のシステムであった。

 

「……リュート殿下」

 カイルの声が震えていた。

 身分もなく、その日を生きるだけで精一杯だった故郷の孤児たちに、学問を与え、仕事を与え、あまつさえ未来の国家を支える役人への道まで拓こうというのだ。私怨による復讐だけでなく、見捨てられた弱者たちを組み込んで国を創り直そうとする主君の途方もない器に、実直な武人は深く頭を下げた。

 

「大賛成でございます。私めが責任を持って、リーゼロッテ殿下の護衛と、新兵たちの教育を全ういたしましょう!」

「リュート様。離宮に迎え入れる孤児の少女たちについては、私が責任を持って徹底的に鍛え上げ、貴方の手足となる忠実な侍女に育ててみせます」

 

「慈善慰問の偽装も、孤児院での教育も、私にお任せください。お兄様が目指す新しい秩序のため、必ずやり遂げてみせますわ」

 カイルの熱のこもった忠誠に続き、ルリカは厳格な臣下としての誓いを立て、リーゼロッテも力強く承諾の意を示した。

 

 王宮の中枢に突きつけられた法廷闘争という表の刃。

 そして、孤児院を拠点として密かに進められる、実務官僚育成という裏の刃。

 血統と品位に縛られた旧き体制を根本から覆すための両輪が、離宮という小さな城から、確かな熱量を持って動き始めようとしていた。

 

 

 

 

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