リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 武門の長と、愚息への死の宣告
王家による最高法廷での「公開裁判」が決定した夜。
王宮の地下深くに位置する冷たい石牢に、重い足音が響いた。
鉄格子の奥で手枷を嵌められ、力なく座り込んでいるのは、ゼノビア侯爵家の嫡男にして近衛騎士であるセオリス。そして、その前に立ち塞がるように現れたのは、彼の父親であり、近衛騎士団長を務めるゼノビア侯爵であった。
「……父上」
光を失った瞳で顔を上げるセオリスに対し、分厚い筋肉の鎧に包まれた巨漢の侯爵は、一切の感情を交えない冷徹な声で問い詰めた。
「答えろ、セオリス。第二側妃ルナリアを殺害せよと……第一王子殿下が、直接お前にそれを命じたのか?」
「……い、いや。直接は言われていない。だが、私はグラクト様の品位を守るために――」
「馬鹿者がッ!!」
ゼノビア侯爵の怒声が、地下牢の空気を震わせた。
びくりと肩をすくめる息子に対し、侯爵は鉄格子を強く握りしめ、ギリッと歯を鳴らした。
「私はお前に、『第一王子殿下の命には絶対の忠義をもって尽くせ』と教えた! だが、お前のような浅薄な者の『自己判断』で政治的な行動を起こすことなど、一度たりとも許した覚えはないぞ!!」
ゼノビア侯爵は、自らの一族が「脳筋」であることを誰よりも正しく自覚していた。
武門の家系である彼らの本分は、剣をもって主君の盾となること。それ以上でもそれ以下でもない。複雑な宮廷政治の駆け引きや、権力闘争の盤面を読む頭脳など、彼らには最初から備わっていないのだ。だからこそ侯爵は、息子にも「政治には関わらず、ただ護衛としての本分のみを全うしろ」と厳しく教え込んできたはずだった。
だが、愚かな息子はその本分を見失い、「第一側妃ヒルデガードの謀略」という政治の盤面に、ただの使い捨ての駒として乗せられてしまった。
第一側妃ヒルデガードは、ゼノビア侯爵の妹にあたる。彼女は昔から「脳筋で単純な実家」を嫌悪し、自らは宮廷の謀略家であると気取っていた。
『……愚かな妹め。自分が忌み嫌うゼノビアの血――その視野の狭さを、お前自身が最も色濃く受け継いでいることになぜ気づかん』
ゼノビア侯爵は内心で毒づいた。
確かにヒルデガードは策を弄した。だが、自らの最大の武力的な後ろ盾であるゼノビア侯爵家の嫡男をそそのかし、結果として『王族殺し』という致命的な大罪の実行犯に仕立て上げ、あっさりと切り捨てるなど、政治家としてあまりにも短絡的で視野が狭すぎる。自分で自分の手足を切り落としたに等しい愚行だ。
所詮、彼女もゼノビアの人間。謀略家を気取ったところで、真の政治の恐ろしさを理解してはいないのだ。
「……父上。私は、グラクト様のために……」
「黙れ。もはや弁解の余地はない」
うわ言のように繰り返す息子を、侯爵は冷酷に切り捨てた。
もはや第一側妃の愚かさを嘆いている場合ではない。このままでは、ゼノビア侯爵家そのものが王家の怒りを買い、一族もろとも破滅の淵に立たされる。武門の長として、今なすべきことは一つしかなかった。
「これは王家の安寧のためだ。……お前は一人で罪を被り、死ね」
「……え?」
「明日の最高法廷で、お前が余計なことを口走ることは私が絶対に許さん。ゼノビアの人間として、せめて最期は己の罪を潔く認め、王家の盾となって散れ」
凄絶な覚悟をもって下された、実の父親からの死の宣告。
セオリスは信じられないものを見るように目を見開き、やがてその顔は絶望に歪んでいった。
ゼノビア侯爵は背を向け、暗い牢獄の廊下を歩き出す。その重い足取りの裏で、彼の脳内は「近衛騎士団長の職を辞してでも、この最悪の局面をいかにして乗り切り、ゼノビア家を存続させるか」という、悲壮な護衛者としての思考に塗り潰されていた。