リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『品位の天秤4』

4 最高法廷の開廷(愚者たちの自己欺瞞と、冷たい視線)

 

 王家最高法廷の朝。

 王族や高位貴族のみが足を踏み入れることを許された厳粛な傍聴席は、これから始まる『身内の断罪』という異常事態に、重苦しい緊張感に包まれていた。

 

 その最前列に座る第一王子グラクトの顔には、昨日、王位継承権の白紙化を宣告された直後のような焦燥も、忠臣を失うことへの悲痛さもなかった。

 彼の表情は、妙に透き通った、虚無的な落ち着きに満たされていた。

 

『……そうだ。僕には何の関係もない。すべては、あの狂犬が勝手に暴走しただけのことだ』

 昨晩、第三側妃ソフィアの寝所へ逃げ込んだグラクトは、現実のすべてを忘却の彼方へ追いやるように、甘く退廃的な情欲の底へと沈み切っていた。獣のように慰めを求め、思考を麻痺させる毒に溺れ尽くした果てに、今の彼に残っていたのは、自らの責任を完全に切り離した「空虚な自己正当化」だけであった。

 

 自分が命じたわけではない。忠臣が泥を被るのは当然だ。だから、これから彼が首を刎ねられようと、僕の輝かしい経歴には何の傷もつかない。

 

 現実から目を背けきった十三歳の少年の心には、かつて剣を交え、己のために血を流した男に対する痛覚すら、完全に麻痺してしまっていた。

 

 そして、そのグラクトの隣に座る第一側妃ヒルデガードもまた、外面こそ痛ましい事件を憂う淑女の仮面を被りながら、その内心は極めて冷酷な計算で埋め尽くされていた。

 

『……本当に、使えない男たちね。私の実家とはいえ、ゼノビアの血を引く者たちは揃いも揃って視野の狭い脳筋の馬鹿ばかりだわ』

 ヒルデガードは、優雅に扇を揺らしながら、間もなく法廷に引き摺り出される甥(セオリス)と、実の兄であるゼノビア侯爵を、心の底から見下し、見限っていた。

 

 自分が「ルナリアを痛めつけろ」と唆した責任など微塵も感じていない。手心を加えることもできずに暗殺という致命的な失態を犯し、グラクトの経歴に泥を塗った愚か者。そんな使えない手足は、今日この場で綺麗に切り捨ててしまえばいい。

 

 彼女の意識はすでに、セオリスの死後、グラクトの周囲を固める新たな側近をどの派閥から引き抜くかという、次なる権力基盤の構築(保身)へと完全に移行していた。

 

 現実から逃避し、保身の殻に閉じこもった兄。

 自らの謀略の失敗を棚に上げ、一族の血ごと切り捨てる冷血な母。

 

 傍聴席の少し離れた位置から、第一側妃の娘であるリーゼロッテは、己の肉親たちのその浅薄で醜悪な姿を、氷のように冷めた視線で見つめていた。

 

『……これが、王宮の頂点に立つ者たちの真の姿。自らの品位と保身のためなら、忠義すらも使い捨ての雑巾のように切り捨てる』

 リーゼロッテの胸の奥で、確かな失望と、それと同等に強い「決意」が静かに燃えていた。

 

 彼女の網膜には、昨日、離宮の薄暗い書斎で「孤児たちを教育し、新しい国家の官僚として育てる」と語った、十三歳の第二王子の横顔が焼き付いている。

 

 血統という虚飾にすがり、己の手を汚すことなく他者を搾取するだけの母や兄。彼らに、これからの王国を導く資格などあろうはずがない。

 

 この腐りきった旧体制の因習を根本から破壊し、王権すらも縛る『法の支配』を打ち立てる。その途方もない修羅の道に付き従うことこそが、自分にとって唯一の正しい選択なのだと、リーゼロッテは肉親たちの背中を見つめながら確信していた。

 やがて、法廷の重厚な扉が開かれる音が響き渡る。

 

 王国の治安維持のトップである近衛騎士団長ゼノビア侯爵が、手枷を嵌められた自らの嫡男セオリスを伴い、重い足取りで中央の被告人席へと進み出た。

 愚者たちの自己欺瞞と、冷徹な修羅の計算が交錯する中。

 

 いよいよ、国家の最高規範(品位)を天秤にかける、歴史的な公開裁判が開廷の時を迎えた。

 

 

 

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