リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 「本物の価値」
私はリーゼロッテの小さな手をしっかりと握り、母とともに離宮へと歩いていた。
リーゼロッテは最初、怯えたように体を固くしていたが、私が握る手に少しずつ体重を預け、後ろを歩く母の静かな視線に守られるように歩みを進めていた。
離宮の居間に着くと、春の陽光が窓越しに柔らかく差し込み、部屋全体を温かく包み込んでいた。
母はリーゼロッテをソファに座らせ、自分も隣に腰を下ろした。私は少女の手を離さず、反対側に座る。ルリカが静かに紅茶を運んできた。
リーゼロッテはまだ肩を縮めていたが、金眼を不安げに揺らしながら母を見上げた。
「……私、黒髪の方のところにいて……いいの? 私、薄い髪で……不完全で……母様に、価値がないって言われたのに……」
母は優しく、しかし力強く首を振った。
「いいえ、リーゼロッテ。あなたに価値がないなんて、そんなこと絶対にないわ」
母は少女のプラチナブロンドの髪を指で優しく梳きながら、ゆっくりと語り始めた。その声には、帝国の苛烈な政争を生き抜いた公爵令嬢としての、揺るぎない確信が宿っていた。
「帝国ではね、髪の色や血の濃さといった『生まれ』だけで人の価値を測ることはないわ。平民が実力で公爵家に婿入りし、国を動かすことだってある。人は生まれの血で測るものじゃない。その子の心と、努力で得た実力でつながるのよ」
リーゼロッテの金眼が、わずかに見開かれた。
「……心と……実力?」
「ええ。あなたが今、こんなに礼儀正しくて、姿勢がきれいで、自分の悲しさと一生懸命に向き合っていること……それが、あなたの心であり、実力よ。髪の色が薄い? それがどうしたの。多様な人がいて、それぞれの心があるからこそ、国は強くなるのよ」
母はリーゼロッテの頰にそっと手を当て、少女の目を真っ直ぐに見つめた。その視線は、優しいだけでなく、王国の狂った血統主義を明確に否定する強さを持っていた。
「あなたは政略の駒なんかじゃない。リーゼロッテ・ソレイユ・ローゼンタリアという、一人の尊い女の子よ。泣いたり、寂しがったりする……その心を大切にできない大人が、あなたの価値を決める権利なんてないわ」
リーゼロッテの瞳から、せき止められていた大粒の涙が溢れ出した。
それは、初めて「血統」ではなく「一人の人間」として肯定された瞬間だった。
母はリーゼロッテを強く抱きしめた。甘やかしではなく、「お前はそれだけで十分に価値がある」という、揺るぎない絶対の肯定だった。
「あなたは、私の娘のようなものよ。今日から、ここはあなたの居場所。いつでも来なさい。お母様は、いつでもあなたを抱きしめるわ」
限界を迎えていたリーゼロッテの小さな心が、完全に決壊した。彼女は母の胸に顔を埋め、子供らしく大きな声を上げて泣き崩れた。
私は静かにその光景を見守っていた。
(母は……この王国の狂った常識に、少しも染まっていない。だからこそ、洗脳されかけていたこの子を救えるんだ)
ルリカがそっと紅茶を差し出し、優しく微笑んだ。
王宮の血統主義が、こんな小さな子供の心を内側から殺そうとしている。この理不尽な国で、私はまだ盤面を動かす力を持たない、ただの「学習者」に過ぎない。
だが、この母の無条件の愛と、新たに加わった小さな妹の心を守り抜くためなら、私はこの狂った王国の常識を骨の髄まで学び尽くしてみせる。
私の胸の中で、ただの知識欲は、明確な「守るべきものへの使命」へと変わっていた。