リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『品位の天秤5』

5 品位の天秤(国王の絶対判決)

 

 厳粛なる王家最高法廷。

 検察側(追訴側)の代表たる内務卿・メルカトーラ侯爵によって、冷徹に起訴状が朗読される。その罪状は、第二側妃ルナリアの不敬殺害、および王宮への不法侵入。

 

「……以上の罪により、被告人セオリスに極刑を求刑する」

 内務卿の宣言が法廷に響き渡った瞬間、手枷を嵌められたセオリスの顔から完全に血の気が引いた。彼は、自分が「グラクトの品位を守るため」という大義名分を掲げた以上、当然のように第一側妃陣営からの減刑の嘆願や、王族特権による擁護があると信じ切っていたのだ。

 

 だが、傍聴席に座るグラクトもヒルデガードも、彼と一切目を合わせようとしない。切り捨てられたという決定的な現実に直面し、死の恐怖に支配された狂信者は、無様に法廷で喚き散らした。

 

「ま、待ってくれ! 私は殺すつもりはなかった! 確かにやりすぎたかもしれないが、あれはあくまでグラクト殿下への不敬を正すための、過失致死だ! 私の行動は、第一王子殿下の品位を守るための――」

「――黙れ、愚か者が!!」

 セオリスの見苦しい自己弁護を物理的に断ち切ったのは、隣に立つ実の父親、ゼノビア侯爵であった。

 

 侯爵は鋼のような腕で息子の首根っこを掴み、法廷の床に強引に押さえつけた。これ以上「グラクトのため」と喚かせれば、第一王子への暗殺教唆の疑惑が深まり、ゼノビア一族全体が王家の怒に触れて破滅する。武門の長としての凄絶な覚悟と断腸の思いを胸に、侯爵は最高裁判長たる国王に向かって深く頭を下げた。

 

「陛下! 息子の狂行に、もはやいかなる弁解の余地もございません。愚息には法に則り厳正なる処罰を! そして、この愚か者を御しきれなかった私自身も、すべての監督責任を負い、近衛騎士団長の職を返上する覚悟でございます!」

 それは、身内を殺してでも王家の防波堤(盾)としての本分を全うしようとする、ゼノビア侯爵の悲壮な決断であった。

 

 法廷が静まり返る中、上座に座す国王ゼノンが静かに立ち上がった。

 彼の手には、内務卿から「答申」として提出された一枚の羊皮紙――リュートが書き上げた『判決文』が握られていた。

 ゼノンは、その文面に目を通した時、即座にその「論理の美しさと合理性」を理解した。

 

 この国において、「品位」という概念は単なる気分の問題ではなく、一定の予見可能性を持った『自然法(実質的憲法)』として機能している。下位の者が上位の者の品位を傷つければ罰せられ、品位を守るための行動は一定の正当性を持つ。

 

 だが、その最高規範同士が衝突した場合はどうなるか。「第一王子の品位」を守るという動機と、「第二側妃(国王の所有物)」を殺害したという罪。この法理の矛盾を、リュートの草案は『利益較量(天秤)』という完璧な法理によって解決していたのだ。

 

 ゼノンは、一人の為政者としてそのロジックに深く同意し、法廷の隅々にまで響き渡る威厳に満ちた声で、絶対の判決を下した。

 

「確かに、第一王子グラクトの品位を守ることは栄誉あることである」

 その出だしに、セオリスがわずかに顔を上げた。だが、続く王の言葉は、その一縷の希望を氷の刃で両断した。

 

「しかし、被告人による第二側妃殺害は、すなわち『国王の品位』を貶める行為である。両者の品位を比較衡量するに、国家の頂点たる国王の品位を保つことこそが、国家安定の最重要事項である。ゆえに、第一王子の品位確保を目的としたという被告人の主張は、いかなる減刑の理由にもなり得ず、これを退ける」

 完璧な法的推論。

 

 第一王子の品位よりも、国家の頂点たる国王の品位が重い。その絶対的な天秤(ルール)の前では、セオリスの動機はいかなる免罪符にもなり得ない。王家の権威を保ちつつ、個人的な復讐心というノイズを一切排した、これ以上ないほど冷徹で合理的な裁き。

 

「以上より、被告人セオリスの公開処刑、および被告人の監督責任者であるゼノビア侯爵の近衛騎士団長の家職は、当面停止し謹慎とする」

 

 カーン、と。

 重厚な木槌(ガベル)の音が、法廷に打ち鳴らされた。

 その瞬間、法廷内の全員が息を呑み、ぐうの音も出ずに平伏した。

 

 誰一人として、この裁定に異を唱えることはできない。単なる感情論や権力者の横暴ではなく、王国人が最も重んじる「品位」という規範を論理的に解釈し、誰もが納得せざるを得ない形で適用した完璧な判決だったからだ。

 

 床に伏せられたセオリスは、もはや言葉を発することすらできず、ただ絶望の底で白目を剝いて痙攣していた。ゼノビア侯爵は、ただ無言のまま目を閉じ、一族の罪を背負い込んだ。

 

 かくして、第二側妃殺害という王宮を揺るがした大事件は、「法に基づく冷酷な断罪」という形で、一つの決着を見たのであった。

 

 

 

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