リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第7話『品位の天秤6』

6 落胆と、白金の畏敬(解釈権の独占への危惧)

 

 重厚な木槌の音が引き起こした静寂の中、傍聴席の片隅に座るリュートは、自らが引いたレール(判決文)の上で、国王が一字一句違わずに完璧な裁きを下した事実を静かに見つめていた。

 

『……見事な法廷だ。王家は、決して馬鹿ではない』

 母の仇を死罪に追いやったにもかかわらず、リュートの心に復讐を果たした高揚感は一切なかった。あるのは、冷徹な分析と深い落胆だけであった。

 

 この裁判を通して、リュートは王国の司法制度の本質を完全に理解した。国王ゼノンは単にリュートの草案に踊らされたわけではない。彼は「国王の品位」と「第一王子の品位」という二つの最高規範が衝突した際、どちらを優先すべきかという『利益較量』の法的合理性を正しく理解し、自らの意思で論理的な判決を下したのだ。

 

 つまり、この国において「品位」という曖昧な概念は、為政者の単なる気分ではなく、一定の論理と予見可能性を備えた『自然法』として確かに機能している。そして、いざ裁判という土俵にさえ乗れば、王国の司法は極めて理知的かつ正常に稼働する能力を持っている。

 

『だが、それが最大の問題だ』

 リュートは内心で冷たく断じる。

 

 裁判制度そのものは機能している。しかし、もし今回、リュートが弾劾状を突きつけ、王位継承権という劇薬を用いて「強引に裁判を開かせなければ」どうなっていたか。間違いなく、この事件は王家の品位を守るという名目で捜査を打ち切られ、事実ごと闇に葬り去られていた。

 

 真の恐ろしさは、法廷そのものではない。法廷を開くか否かの『決定権(手続きの開始権)』と、品位という不文律の『解釈権』を、王家が独占していることにある。

 

 彼らは論理的だからこそ、自分たちに不都合な事態が起きれば、その機能的な司法制度の入り口を合法的に閉ざしてしまうのだ。

 

『しかし、裏を返せば希望でもある。司法の論理を理解できるのなら、王の恣意的な介入を許さない「手続き法」と、王権すらも等しく縛る明文化された「実定法」さえ成立させれば、法は完璧な抑止力として稼働し、母上のような理不尽な悲劇を二度と起こさせない防波堤になる』

 狂った暴君を殺せば済む話ではない。システムを書き換えれば、この国は正常に回る。

 

 だが、リュートはその結論に行き着くと同時に、これから自分が挑む「改革」の絶望的なまでの難易度に気づき、暗く息を吐いた。

『王家も貴族も理知的であり、現行のシステムは彼らにとって極めて都合よく、安定して機能している。……つまり、この国には「現状への不満」が少なすぎるんだ』

 暴政に苦しむ国ならば、革命の火種は容易におこる。だが、この王国は「血統と品位」というルールのもと、一部の弱者(ルナリアのような存在)を静かに切り捨てることで、見事なまでに平和と秩序を維持してしまっている。

 

 完成された安定を破壊し、誰も望んでいない新しい法治国家を創設する。それがどれほど途方もなく、血の滲むような修羅の道であるか。眼前の底知れぬ巨大な壁を前に、リュートは静かに決意の炎を燃やし続けていた。

 

 一方、そんなリュートの横顔を、少し離れた席から見つめる一つの視線があった。

 第一側妃の娘である、リーゼロッテである。

 彼女はつい先程、隣に座る実母ヒルデガードが、甥であるセオリスの死刑判決を聞いても微塵も表情を変えず、まるで不要なゴミが片付いたかのように冷ややかな空気を纏っているのを目の当たりにし、背筋が凍るような嫌悪感を抱いていた。

 そして彼女は、視線をリュートへと移した。

 

 ただ「論理と紙の束」だけで、武門のトップである大貴族の次期当主を社会的に抹殺し、最高裁判長たる王の意思すらも完全にコントロールしてしまった。

 

 目の前にいるのは、私怨に狂うことなく、極めて冷徹に国家のシステムそのものを解剖し、盤面ごと書き換えようとする一人の完成された修羅である。その底知れぬ知性と、血統という虚飾を嘲笑うかのような絶対的な実力に、リーゼロッテは深い畏敬の念で打ち震えた。

 

『……お兄様。貴方の見据える先にある新秩序へ、私はどこまでも付き従います』

 法と品位が残酷に交差した最高法廷の閉廷。

 

 それは同時に、気高くも腐敗した王国を根本から作り直すための、長く果てしない闘争の幕開けであった。

 

 

 

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