リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
3 処刑前夜の面会
王宮の最下層に位置する地下牢。
陽の光すら届かない冷たく湿った石室の中で、明日の公開処刑を待つゼノビア侯爵家の嫡男セオリスは、死の恐怖と絶望に震えていた。
武門の誉れ高き次期当主としての矜持は、完全に砕け散っている。
彼は信じていたのだ。第一王子の品位を守るという大義名分さえあれば、いかなる強行も許されると。少なくとも、自分をかばってくれる強大な後ろ盾があると。しかし、最高法廷で突きつけられたのは、比較衡量の論理に基づく冷酷な死刑判決と、実の父親からの絶縁であった。
重い鉄格子の奥で膝を抱える彼の耳に、静かな足音が届いた。
「……誰だ」
嗄れた声で顔を上げたセオリスの目に映ったのは、内務卿の署名が入った面会許可証を片手に持つ、黒髪赤眼の少年の姿であった。
「リュート、殿下……!?」
自身が襲撃し、母の命を奪った陣営の人間。本来なら最も警戒すべき第二王子の登場に、セオリスは激しく動揺し、鎖の音を鳴らして後ずさった。
自分を嘲笑いに来たのか。身構えるセオリスに対し、リュートは一切の敵意を見せず、ただ静かに、酷く労わるような甘く優しい声で語りかけた。
「セオリス。明日の刑執行を前に、君の『気高き忠義』に対し、一言だけ敬意を表しておきたくてね」
「……敬意、だと?」
「ああ。君の第一王子に対する忠義は、間違いなく本物だった。剣術訓練では己の持てる限りの技術を惜しみなく伝授し、自分のプライベートを削ってでも常に付き従い、主君を守り抜こうとした。君は、武門の者が掲げる『理想の忠義』を、誰よりも体現していたはずだ」
それは、死の淵に立たされたセオリスにとって、思いがけない救済の言葉だった。
暴走した狂犬として実の父親にすら切り捨てられた己の努力と誇りを、他でもないリュートが肯定し、最大限に称賛してくれたのだ。セオリスの虚ろな顔に、すがりつくようなわずかな光が差す。
「殿下……分かってくださるか……! 私はただ、グラクト殿下のためを思って――」
「ああ、痛いほど理解しているよ」
リュートは優しく頷き、しかし次の瞬間、極めて冷徹な事実を、刃のようにセオリスの心臓へと突き立てた。
「だが、君のその素晴らしい忠義に、彼らはどう報いた?」
「……え?」
「兄上は、己の管理責任を逃れるための体裁として一度だけ抗議するフリをしただけで、君を救おうとする行動を何一つ起こしていない。さらに第一側妃殿下は、内務卿の取り調べに対しこう供述したそうだ。『セオリスにはグラクトの精神的フォローを頼んだだけで、ルナリアへの行動を起こせとは一言も言っていない』と」
リュートは鉄格子越しに、静かに事実を解剖していく。
「彼らは、すべてを君の勝手な暴走だと切り捨てた」
カラン、と。
セオリスの中で、何かが決定的に崩れ落ちる音がした。
「馬鹿な……。私は、第一側妃殿下から確かに『思い知らせてやれ』と……第一王子の名において、離宮の警備を遠ざける手筈まで整えていただいたというのに……!」
「それが真実だろう。だが、彼らは君の忠義を都合よく利用し、失敗すれば『勝手に暴走した狂犬』としてすべての泥を押し付け、ゴミのように切り捨てたんだ」
リュートの言葉には、一片の嘘もない。
だからこそ、セオリスの脳髄に劇薬となって染み渡る。自分が命を懸けて守ろうとした絶対の価値がただの虚飾であり、自分は滑稽な捨て駒に過ぎなかったという事実。
「君の立派な忠義を裏切ったのは……果たして誰だろうな?」
信じていたすべてに裏切られた事実。自らの忠義が無価値だったという絶望が、強烈な憎悪へと反転する。セオリスの血走った目に、これまで向けたことのないようなドス黒い炎――主君とその母に対する、強烈な復讐の念が灯ったのを、リュートは見逃さなかった。
「……殺してやる。あいつらだけは、絶対に……ッ!!」
「復讐したくないか? ならば、君にしかできない最高の方法がある」
リュートは鉄格子に近づき、悪魔のように論理的な囁きを落とす。
「明日の公開処刑の直前、君には『最期の言葉』が許される。そこで真実を叫べ。第一側妃が人員を遠ざけたこと。すべては第一王子の名において行われたこと。……群衆の面前でそれを叫ぶことこそが、君をゴミのように切り捨てた者たちへの、最大の復讐になると思わないかい?」
セオリスはもはや、荒い息を吐きながら深く頷くことしかできなかった。
自らの死は避けられない。ならばせめて、自分を裏切った者たちを道連れにしてやる。その強烈なルサンチマンを完璧に引き出し、方向付けたリュートは、静かに踵を返した。
剣も魔法も使わない。ただ論理と事実の提示だけで、敵陣営の内部から強固な破壊工作を完了させたリュートは、一度も振り返ることなく冷たい地下牢を後にした。