リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第8話『法学講義4』

4 愚者の逃避と甘き毒の肯定

 

 最高法廷での死刑判決から数時間が経過した夜。王宮の奥深くにある第三側妃ソフィアの私室では、一人の無力な少年が残酷な現実に押し潰され、完全に崩壊しようとしていた。

 

「僕のせいだ……。明日、セオリスが死ぬのは、すべて僕のせいなんだ……!」

 豪奢な絨毯の上にへたり込み、第一王子グラクトは幼子のように頭を抱えて激しく震えていた。

 

 これまで自分を精神的にも物理的にも守り続けてくれた、絶対の忠臣であるセオリス。彼を死地に追いやったのは、他でもない自分自身の弱さであるという凄まじい罪悪感が、グラクトの胸を締め付けていた。

 

「僕は、あの第二側妃の無礼な物言いに腹を立ててしまった……。セオリスが怒りに任せて動こうとした時も、僕は恐ろしくて、見て見ぬふりをして彼を止めなかった……! それなのに今日の法廷では、己の身が可愛くて彼を庇うことすらできなかった! 僕が彼を殺すんだ!」

 とめどなく溢れる涙が、床に染みを作っていく。

 

 自らの保身のために、最も忠義を尽くしてくれた臣下をあっさりと切り捨てた。その事実を直視してしまった彼の心は、今にも破裂しそうであった。

 

 だが、絶望の淵に沈む彼を背後から優しく抱きしめ、その耳元で甘く囁きかける者がいた。彼を精神的な依存の底へと引きずり込む劇薬、第三側妃ソフィアである。

 

「……いいえ、グラクト様。あなたは何も、間違っておりませんわ」

 ソフィアは慈愛に満ちた母のように彼の金糸の髪を撫でながら、グラクトの吐露した罪悪感を、一つ一つ、極めて「都合の良い論理」で否定し始めた。

 

「あの第二側妃は、野蛮な帝国の人間。気高き王国の価値観も理解できない哀れな愚か者です。そんな彼女の身の程を弁えない言動に対し、次期国王たるあなたが正当な怒りを覚えられたのは、当然のことでございます」

「でも……セオリスが、あんな凶行に及ぶのを止められなかった……!」

 

「セオリス様は、剣を振るうことしか知らない騎士でございました。グラクト様の深く広いお考えを理解できず、彼が勝手にやりすぎたことが問題なのです。一介の騎士の暴走という失態を、グラクト様が気に病む必要など一切ございませんわ」

 それは、現実逃避を望む脆弱な心にとって、あまりにも心地の良い『甘き毒』であった。

 

 すべては帝国の女が悪い。すべてはやりすぎた騎士が悪い。自分には何の罪もないのだと、彼女は全肯定してくれる。

 

「聞いてくださいませ、グラクト様。あなたはこれからも、この王国民すべてを照らす『光』となるお方なのです。その崇高な光が、騎士の失態ごときで曇ってはなりません。あなたが王国民を照らし続けることによってのみ、民は平和を享受し、笑顔でいられるのです」

 ソフィアの艶やかな指先が、グラクトの涙を優しく拭い去る。

 

 自己否定に苦しんでいた少年の瞳から徐々に反省と理性の光が失われ、代わりに狂信的な安堵感が広がり始めていた。

 

「僕が輝くことが……民の平和に……?」

「ええ、その通りです。あなたの為された行いはすべて、王国民を守るためのもの。あなたこそが、真の王の器を持つお方なのです」

 その言葉が、グラクトの裡に残っていた最後の良心(ブレーキ)を完全に溶かし尽くした。

 

 苦痛に満ちた「自己反省」という現実を投げ捨て、彼はすがりつくようにソフィアの細い身体を強く抱きしめた。

 

「ああ……ソフィア、君だけだ。僕の本当の正しさを理解してくれるのは……君だけだ……!」

「ええ、グラクト様。私はずっと、あなたの味方でおりますわ。誰よりもあなたの正しさを信じているのは、私なのですから」

 ソフィアは魅惑的な微笑を浮かべながら、グラクトの身体をゆっくりと豪奢な天蓋ベッドの奥へと誘っていく。

 

 忠臣が冷たい地下牢で死刑の恐怖と絶望に震えているその夜。十三歳の未熟な少年は、自らの罪と向き合う痛みに耐えきれず、差し出された甘い肯定の中へと逃避していった。

 

 それは、後に王妃による峻厳な教育や、環境の変化が待ち受けていることも知らず、彼が今この瞬間の安らぎにすべてを委ねた、脆弱な一夜であった。

 

 

 

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