リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 娯楽としての公開処刑と、広まる盤上遊戯
王都の中央広場は、身動きすら困難なほどの群衆によって埋め尽くされ、異様な熱気と喧騒に包まれていた。
周囲には粗末な屋台が立ち並び、安酒の匂いが立ち込めている。国を守護するはずの大貴族が断頭台の露と消えるという国家の異常事態は、日々の生活に喘ぐ民衆にとって、鬱憤を晴らすための手軽で刺激的な「祝祭(娯楽)」に他ならなかった。
広場の片隅では、処刑が始まるまでの退屈しのぎにと、木箱を机代わりにして盤上遊戯に興じる者たちの姿がそこかしこに見られた。
西のクロムハルト公爵家の令嬢ヴィオラが持ち込み、水面下で王都の庶民にも普及しつつある『オセロ』である。白と黒の石を挟んで裏返し、盤面の支配権を奪い合う。
極めてシンプルでありながら、一手先を読み合う冷徹な論理が必要とされるその知的で洗練された遊戯は、確実に国民の新たな娯楽として根付きつつあった。
しかし、どれほど理知的な遊戯が広まろうとも、この王国において未だ最大の熱狂を生む見世物とは、古くから続く「大逆罪人の公開処刑」であることに変わりはない。
白黒が明確な盤上の知恵比べに対し、これから行われるのは、国家権力(王家)の絶対性を圧倒的な暴力で誇示する血生臭い儀式だ。
執行官が罪状を高らかに読み上げ、死刑囚に最期の言葉を許したのち、重厚なギロチンの刃を落とす。首が転がり、鮮血が吹き上がる様に群衆が熱狂的な歓声を上げる。それがこの国を支配する、残酷にして絶対的な定法であった。
安酒を煽り、今か今かと血の匂いを渇望する群衆の濁った熱気の中で。
間もなく、欺瞞に満ちた処刑劇の幕が上がろうとしていた。
◇
泥と血にまみれた囚人服を着せられ、両手を固く縛られたセオリスが、重い足取りで断頭台へと引き据えられる。かつて武門の最高傑作と謳われた近衛騎士の面影は、もはや微塵も残っていなかった。
群衆のざわめきを切り裂くように、訴追局の役人が冷酷な声で彼の罪状を高らかに読み上げた。
「ゼノビア侯爵家嫡男、セオリス! 貴様は夜半に後宮の禁域を犯し、国王陛下の所有物たる侍女に危害を加えるという重大な不敬を働いた! これは王家の『品位』を著しく貶める大罪である。よってここに、死罪を執行する!」
その宣告を聞いた瞬間、処刑台に跪かされたセオリスの口から、乾いた嘲笑が漏れた。
罪状には、第二側妃ルナリアの影すら一切存在しない。王家は彼の凶行を「錯乱した騎士が後宮の侍女に手を出した痴情の不敬罪」として完全に捏造し、真の被害者の存在を闇に葬り、都合の良い虚像へとすり替えたのだ。
帝国の目をごまかすための情報操作が完了した『しばらく後』に、ルナリアの死は彼とは無関係な「病死」として公式発表される手筈になっている。
しかし、広場を埋め尽くす群衆にとって、事件の正確な真実などどうでもよかった。
日頃、特権階級である貴族たちの横暴に耐え、泥水をすするような生活を強いられている平民たちにとって、高位の侯爵家嫡男が痴情のもつれという滑稽な罪で首を刎ねられるこの見世物は、溜まりに溜まった鬱憤を合法的に晴らすための絶好の機会であった。
「神の子」たる王家の品位を汚す者は、全国民の敵である。為政者が用意したその強固なプロパガンダに乗っかり、群衆はここぞとばかりに「正義の執行者」としての陶酔と狂気に身を委ねた。
「この薄汚い逆賊め!」
「王家の威信に泥を塗ったゴミ野郎が!」
「騎士の面汚し! さっさと首を刎ねろ!!」
容赦ない罵声と共に、石や腐った野菜、家畜の汚物が次々とセオリスに向かって投げつけられる。硬い石が額を割り、泥水が頰を伝い落ちた。
つい前日の昼、地下牢を訪れた実父ゼノビア侯爵は、彼に冷酷に言い含めていた。
『第一王子殿下と我ら一族を護るため、捏造された罪状を黙って受け入れ、名誉ある捨て駒として死ね』と。
武門の者としての生き方しか知らない真っ直ぐな彼は、当初、その言いつけ通りに泥を被って死ぬ覚悟を決めていた。第一王子グラクトを次代の王に押し上げるためならば、それこそが自分の最後の忠義だと信じて疑わなかったからだ。
だが、今、己に向けられるこの圧倒的な暴力と理不尽な屈辱はどうだ。
『私はただ、第一王子殿下に忠義を尽くしただけだ! なのに、なぜ私が守るべきこの国の民から、いわれのない罵倒と汚物を浴びせられねばならないのだ……!』
自分を騙し、唆した者たちは安全な王宮の奥底に引きこもり、すべての罪を自分一人になすりつけて保身を図っている。
純粋な忠義を捧げた主君に裏切られ、守るべき民衆からはゴミのように石を投げられる。この凄絶な現実の中で、セオリスが心の底でギリギリしがみついていた「己の忠義の価値」は、完全に、そして無惨にへし折られた。
前夜、リュートによって投げかけられた「事実」という名の劇薬。
己の信じたすべてが虚飾であったと悟った時、セオリスの中で燃え盛っていた忠義の炎は、裏切った主君たちへの純度百パーセントの『憎悪』へと完全に反転した。
顔を上げたセオリスの血走った両眼には、もはや死への恐怖も、騎士としての誇りも存在しない。そこにはただ、爆発の瞬間を待つ黒い復讐心だけが渦巻いていた。