リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第9話『論理の女神2』

2 不信の種

 

「……罪人よ。最期に言い残すことはあるか」

 首斬り役人が、形式的に問いかける。

 

 誇りも忠義も失い、ただドス黒い復讐の炎だけを宿したセオリスは、血走った両眼をカッと見開いた。そして、広場を埋め尽くす群衆に向けて、いや、安全な高台の特別観覧席から見下ろしている元主君たちに向けて、獣のような咆哮を上げた。

 

「王国の民よ! 騙されるなァァッ!!」

 鍛え抜かれた騎士の怒声は、広場の隅々にまでビリビリと響き渡った。

 

「私はただ、第一王子グラクト殿下に日夜忠義を尽くし、命じられるままに動いてきただけだ!!奴らは己の保身のために私を――」

 その爆弾のような『固有名詞』が広場に響き渡った瞬間、特等席の第一王子陣営に激震が走った。

 

 無関係を装って座っていたグラクトは顔面を蒼白にして震え上がり、常に完璧な外面を保っていたヒルデガードでさえ、扇の奥で冷や汗を流し激しく狼狽する。

 

 セオリスがさらにすべての事実を暴露しようと息を吸い込んだ、まさにその刹那。

 隣の席に座っていた王妃マルガレーテの瞳が、氷のように冷たく細められた。

 

 彼女はヒルデガードのように狼狽える三流の隙を見せない。一切の感情を交えず、微かな視線と顎の動きだけで、処刑人に向けて無言の「執行(黙らせろ)」の合図を送った。

 

 王妃の冷徹にして絶対的な圧力に震え上がった執行官たちは、慌ててセオリスに飛びかかり、その口を物理的に塞ぐと、もがく彼を無理やりギロチンの台座へと押し込んだ。

 

「都合が悪くなれば、私を狂犬とそしり、事実を――ッ」

 ドスッ、という鈍い音と共に、重厚な刃が容赦なく振り下ろされた。

 

 王妃の完璧な判断による、異常なまでの強行執行。言葉は中途で断ち切られ、凄惨な血飛沫と共にセオリスの首がゴトリと処刑台を転がる。彼が「具体的に何をしたか」は、永遠に闇の中へ葬り去られた。

 

 ……しかし、この王妃による「異常な強制終了」こそが、体制側にとって最大の悪手となった。

 

 直前まで狂乱して罵声と汚物を投げていた数千の群衆が、王族のあからさまな狼狽と、弁明すら許さない異常な口封じを目の当たりにし、一斉に水を打ったように静まり返ったのだ。

 

 痴情のもつれで処刑されるはずの騎士が、なぜ最期に第一王子への忠義を叫び、第一側妃を恨んで死んでいったのか。「今の叫びは『真実』だからこそ、慌てて殺したのではないか?」。

 セオリスの最期の呪詛は見事に群衆の心に届き、消えることのない「疑惑」という名の猛毒となって深く根を下ろした。

 

 そしてこの処刑の混乱と熱狂に乗じるように、王家は「第二側妃ルナリアの病死」を公式に発表する。

 だが、その情報操作のタイミングもまた、民衆の心に落ちた疑惑の種と水面下で結びつき、やがて王家への取り返しのつかない疑心暗鬼を生み出すことになる。

 

 ルナリアが、「弱者として品位という不文律に見捨てられた悲劇」であるならば。

 セオリスは、「品位という都合の良い免罪符を妄信した強者が、同じルールに裏切られて殺された悲劇」であった。

 明文化された法を持たない『人治国家』が生み出した、残酷な犠牲の形。

 

 リュートが仕掛けた反転の毒は、処刑という国家の儀式を通して王都中にばら撒かれ、第一王子陣営の権威を静かに、だが確実に腐食させ始めていた。

 

 

 

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