リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第10話『白百合の葬送3』

3 技術令嬢の帰還と、継承される遺言

 

 西のクロムハルト公爵領での盤面構築(オセロの普及と流通網の整備)を終え、急ぎ王都へと帰還したヴィオラが離宮に駆け込んだ時、すべてはとうに終わっていた。

 

 狂犬の暴走も、母と慕ったルナリアの凄惨な死も、そしてセオリスの処刑による王都の熱狂すらも、彼女は一切関与することができなかった。

 

 静まり返った離宮のサロン。かつてルナリアが温かな紅茶を淹れてくれたその場所で、リュートから事の顛末をすべて聞かされたヴィオラは、完璧な令嬢の仮面を床に落とし、両手で顔を覆って泣き崩れた。

 

「私は……間に合わなかった。間違った婚約から私を救い出し、研究室という自由な居場所をくれたルナリア様に……私は、まだ何一つ恩をお返しできていないのに……!」

 

 常にドライで合理的な計算式で生きてきた技術者の彼女が、これほどまでに感情を露わにして慟哭するのは初めてのことであった。

いずれ強要されるはずだった王室への輿入れから逃れ、一人の技術者として生きる道を望むヴィオラにとって、ルナリアは自らを縛る鎖を断ち切り、その生き方を完全に肯定してくれた絶対的な『心の師匠』だった。

 

 ひとしきり涙を流した後、ヴィオラは赤く腫れた目でリュートを見据え、ひどく掠れた、だが確固たる理性を宿した声で口を開いた。

 

「リュート殿下。王宮の腐り切ったシステムを破壊するというあなたの望みに、私の持つ技術と西の公爵家の経済力、そのすべてを捧げます」

 

 それは、彼女なりの絶対的な忠誠の誓いであった。だが、ヴィオラはそこで言葉を区切り、極めて冷静な為政者の顔立ちでリュートに一つの『条件』を提示した。

 

「……ですが、もしあなたが復讐の延長として、王妃様の命まで奪おうとするならば、私は異議を申し立てます」

「王妃を、か?」

 

「ええ。あの『情交奉仕者』の会議の後、王妃様は私にだけ本音をこぼされました。彼女もまた、あの制度を悪習だと理解した上で、保守派のガス抜きのために利用したに過ぎないのです。あの悲劇は第一側妃と狂犬の暴走であり、王妃様がルナリア様の死を望んだわけではありません」

 

 ヴィオラにとって、自らを次期王妃として育てようとしたマルガレーテの配慮は、ひどく迷惑なものであった。しかし同時に、国家のバランサーとして派閥の均衡に苦悩し、自らをすり減らしている彼女の『孤独な管理者の顔』を知ってしまっている。

 

 だからこそ、感情的な憎悪だけで王妃の命を狙うことには、論理的な見地から明確な反対線を引いたのだ。

 

 その言葉を聞いたリュートは、不快感を露わにするでもなく、静かに首を振ってヴィオラの肩に手を置いた。

 

「安心しろ、ヴィオラ。僕が破壊するのは『血統と品位という曖昧な不文律』が支配する制度そのものであり、王妃個人の命を取ることが目的じゃない。新たな明確な秩序を創設する盤面において、無用な血は流さない」

 

 リュートの瞳には、かつての底なしの暗黒ではなく、冷徹だが確かな知性の光が宿っていた。彼はヴィオラの目を真っ直ぐに見つめ返し、母から託された最期の言葉を紡ぐ。

 

「僕たちは、母上の教えと遺言を胸に生きていく。……『自由には責任が伴う。責任を果たせる実力をつけて、自由に生きなさい』と」

「実力……」

 

「そうだ。君は王妃の保護という『鳥籠』を飛び出し、自らの力で生きていくと決めたはずだ。君のそのドライな知性と技術力こそが、新しい秩序を創るための絶対的な『実力』になる」

 その言葉に、ヴィオラは大きく息を吸い込み、乱れたドレスの裾を強く握りしめた。

 

 涙はもう流れない。心の師匠が遺した言葉は、悲しみを乗り越えるための完璧な論理となって、彼女の技術者としての魂に火を点けた。

 

「……分かりました。私が創り出す技術と盤面で、この国を根底からひっくり返してみせます。それが、自由を与えてくれたルナリア様への、私なりの恩返しですから」

 西の公爵令嬢であり、新たな盤面の経済と技術を牽引する中核。

 

 ヴィオラは涙の跡を乱暴に拭い去り、力強く頷き返した。彼女もまた、王宮の古いしがらみを完全に断ち切り、己の技術という名の剣を抜くことを、ここに静かに誓ったのであった。

 

 

 

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