リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第1話『王家の計算2』

2 第三側妃ソフィアの浸食と、王妃の冷徹なる勢力均衡

 

 本宮の奥深く、第一王子の私室。分厚い遮光カーテンが引かれ、昼間であるにもかかわらず薄暗い室内には、甘く退廃的な香炉の煙が立ち込めていた。

 

 豪奢な天蓋ベッドの上で、第一王子グラクトはひどく怯えた子供のように身を丸め、小刻みに震えていた。

 

 彼の脳裏に焼き付いて離れないのは、自らの保身のために切り捨て、見殺しにした忠実な騎士が断頭台で叫んだ呪詛の声である。そして、その側近を冷酷に切り捨て、真実を闇に葬った実母・第一側妃ヒルデガードへの底知れぬ恐怖。

 

 次期国王としての重圧と、己の手を血で染めたという生々しい罪悪感によって、グラクトの精神は完全に摩耗し、限界を迎えていた。

 その致命的な心の隙間に、蠱惑的な笑みを浮かべて入り込んだのが、第三側妃ソフィアであった。

 

「可哀想なグラクト殿下。あなたは何も悪くありません。すべては、あの野蛮な狂犬と、それを御しきれなかった者たちの責任なのですから……」

 ソフィアは、絹のように滑らかな肌を惜しげもなく晒しながら、ベッドに横たわるグラクトを優しく抱き寄せた。

 

 彼女は王宮の悪習たる『情交奉仕』という肉体的な快楽と、「あなたは悪くない」という全肯定の甘い囁きを巧みに操り、傷ついた少年の精神を真綿で首を絞めるように絡め取っていく。

 

 思考することを放棄したグラクトは、彼女の豊満な胸にすがりつき、ただひたすらに現実からの逃避を貪った。

 

「ソフィア……あぁ、ソフィア。僕を一人にしないでくれ。母上は僕をただの権力の道具としか見ていない。誰も僕を……っ」

 

「ええ、私はずっとあなたの味方です。……ですが殿下、今のあなたには、あのような武門一辺倒の野蛮な者たちではなく、知恵であなたをお支えする『賢き友』が必要不可欠です」

 ソフィアはグラクトの金糸の髪を撫でながら、極めて自然な口調で、己の派閥を拡大するための毒を注ぎ込む。

 

「私の甥であるセラフィナ侯爵家の嫡男リーデル。そして、中立派である貴族院議長のご子息エドワルド。彼らならば、必ずや殿下のよき知恵袋となりましょう。私が手配してもよろしいですか?」

 

「あぁ……君がそう言うなら、それでいい。頼む、ソフィア。煩わしいことはすべて君に任せる。だから、僕のそばにいてくれ……」

 自らの罪と対峙する苦痛から逃れるため、グラクトは為政者としての判断を完全に放棄し、ソフィアの傀儡となることをあっさりと承諾してしまった。

 

   ◇

 

 数日後、この人事案は第三側妃ソフィアの口から、国王夫妻の御前へと正式に提出された。

 

「先の凄惨な悲劇は、第一王子殿下の側近が武門に偏りすぎていたことに起因します。殿下の精神的な安定と、将来的な王家の安泰のためにも、今後は知の探求に長けた文官系の側近を配し、武力と思想の偏りを正す『均衡』を図るべきです」

 ソフィアの主張は、政治的ロジックとして一切の隙がない「完璧な正論」であった。

 

 保守派筆頭である第一側妃ヒルデガードの専横に眉を顰めていた貴族たちも、この理にかなった提案には賛同の意を示す。事実上、第一側妃派閥が空けた本宮の巨大な権力の空白地帯を、第三側妃派閥が合法的に、かつ急速に浸食し始めた瞬間であった。

 

 玉座でその進言を聞いていた王妃マルガレーテは、表情一つ変えずにこれを承認した。

 正論である以上、退ける理由はない。だが、氷のように冷徹な王妃の知眼は、ソフィアの腹の底にある野心を正確に見透かしていた。

 

『ヒルデガードの横暴が過ぎたとはいえ、ここでソフィアの派閥が過剰に膨れ上がれば、いずれ第二の専横を生む。本宮のパワーバランスが崩壊すれば、国政そのものが揺らぐ』

 だからこそ、王妃マルガレーテは先の内務卿からの進言――第二王子リュートを内務省に取り込むという提案――を、極めて合理的な政治的対抗措置として許可したのである。

 

 実母ヒルデガードへの不信からソフィアの甘い毒に溺れつつある第一王子と、その裏で急速に勢力を拡大する第三側妃陣営。彼らを牽制し、本宮の暴走を縛るための強力な『対抗勢力』として、あの底知れぬ知性を持つ第二王子を、内務省という盤上に配置する。

 

 

 

 

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