リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第2話『金融の魔物5』

5 お茶会の扇動と、リーゼの決意

 

 王宮の華やかな庭園で開かれる、高位貴族の令嬢たちを集めた定例の茶会。

 その開宴の少し前、誰も寄り付かない離宮の回廊の陰で、第一王女リーゼロッテは、地味な見習い文官の姿をしたユスティナ(ティナ)から、分厚い書類の束を受け取っていた。

 

「リーゼ様。ご指示の通り、内務省の過去の記録から『当主の急死や解雇によって没落した貴族のデータ』を徹底的に洗い出し、事実関係のみを抽出いたしました。特に、跡継ぎが幼少であったために合法的に家を剝奪された判例を中心にまとめてあります」

「ええ、ご苦労様。……ティナ、あなた本当に寝ているの? 目元に隈ができているわよ」

 リーゼロッテが心配そうに美しい眉をひそめると、ティナは分厚い眼鏡の奥で、ぱぁっと花が咲いたように頰を高揚させた。

 

「平気です! それに……リーゼ様、私、今日少しだけ殿下のお役に立てたんです。私が徹夜で集めた類似判例の資料を、殿下が顔も上げずに『完璧だ』って褒めてくださって……!」

 恋する乙女の顔で、ただ愛する人の役に立てたことだけを無邪気に喜ぶその姿。

 

 打算も裏表もなく、自己の立身出世すら望まない純度百パーセントの献身に、謀略と血の匂いが染み付いた王宮で生きてきたリーゼロッテは、激しい衝撃と眩しさを覚えた。

 

『ああ、この子は本物だわ。……兄様にはもったいないくらいに』

 東の地で盤面を支えるアイリスが『完璧な論理の女神』であるならば、目の前で嬉しそうに微笑むこの不器用な令嬢は、『狂気的な純情で回る無敵の歯車』である。

 

 リーゼロッテの胸の奥で、この愛すべき凡庸な令嬢を何としても守り抜き、「兄の隣に立たせたい」という強烈な庇護欲(ティナ推しの感情)が確固たるものとして根を下ろした。

 

「……ありがとう、ティナ。あなたの血を吐くような努力が作り上げたこの『弾薬』、私が一発残らず、あの愚かな大人たちの心臓に撃ち込んでくるわ」

「はい! 武運をお祈りしております、リーゼ様!」

 

   ◇

 

 そして開かれた茶会の席。

 色とりどりのドレスと甘い菓子の香りが漂う中、新時代の『宣伝部長(プロパガンダ)』たるリーゼロッテは、完璧な無害の王女の微笑みを浮かべて極上の紅茶を口に運んだ。

 

「皆様、最近は本当に物騒なことが続きますわね。……武門の筆頭であったゼノビア侯爵家でさえ、たった一度の不興であのように没落してしまいましたし」

 リーゼロッテが優雅に扇を揺らしながら呟いたその一言で、場を支配していた同調圧力がピタリと止まった。

 

 彼女はティナが用意した『事実のみのデータ』を、まるで世間話のように滑らかに披露し始める。

 

「ゼノビア家だけではありませんわ。先代の財務卿が流行り病で急逝された後のこと、皆様はご存知かしら?」

「……ええと、確かご子息が若すぎたために、一時的に別の方が役職を継がれたとか……」

 ある令嬢の言葉に、リーゼロッテは扇で口元を隠し、冷酷なまでの事実を突きつける。

 

「その通りですわ。跡継ぎが成人するまで、王家の決定によって家職と貴族院議員の地位に『代理』が立てられました。……ですが、家職からの莫大な報酬はすべてその代理の懐に入り、残されたご家族はたちまち困窮なさいましたの。代理からの推薦に対するわずかな収入は得られたようですが、確実に家計は傾き……最終的には、その代理の親族を幼いご子息の婚約者として強要され、実質的な『お家乗っ取り』に遭われたそうですわ」

 令嬢たちの顔から、さぁっと血の気が引いていく。

 

 リーゼロッテは、リュートたちが設立準備を進めている『保険』や『組合』の存在には一切触れなかった。ただひたすらに、「王家の気まぐれや突発的な事故によって家職を失えば、制度の穴を突かれて合法的に家を乗っ取られ、明日には路頭に迷う」という客観的な事実(恐怖)だけを提示し続けたのだ。

 

「もし明日、皆様の当主様に万が一のことがあれば……残された皆様を、一体誰が救済してくださるのでしょうね。王家は決して、落ちた貴族を拾い上げたりはいたしませんのに」

 その言葉は、温室で育った令嬢たちの心に、決して抜けない冷たい『楔』として深く打ち込まれた。

 

 見えない不安と底知れぬ恐怖が、まるで猛毒のように茶会に蔓延していく。彼女たちが実家に帰ってこの恐怖を口にすれば、有能な貴族ほど己の家の脆さを悟り、自ら防衛手段(安全網)を探し始めるだろう。そして無能な者は、後に形成される「保険に入るのが常識」という新たな同調圧力によって刈り取られる。

 

 リュートが掲げた『全国民組合員計画』を成功させるための、完璧な選別と誘導の土壌が、ティナのデータとリーゼロッテの扇動によって完成した瞬間であった。

 

   ◇

 

 茶会を終え、意図通りに大人たちを恐怖のどん底に陥れたリーゼロッテは、足早に人気のない回廊へと戻った。

 そこには、清掃用具の陰に隠れるようにして、不安げに待機していたティナの姿があった。

 

「リーゼ様……! い、いかがでしたか?」

「ええ。あなたのデータは、最高にして最凶の弾薬だったわ。皆、見事に顔を青くして震え上がっていたわよ」

 リーゼロッテが極上の悪戯を成功させた子供のように微笑むと、ティナは心の底から安堵したように息を吐き、へにゃりと相好を崩した。

 

「よかったです……! 私、これからも全力でリーゼ様と殿下のための資料を集めますから!」

「頼りにしているわ、私の優秀な共犯者さん」

 リーゼロッテはそっと手を差し出し、ティナも恐る恐る、しかし確かな力強さでその小さな掌を合わせた。

 

 身分も立場も全く違う二人の少女が、パチンと小さく、密やかな音を立てて掌を交差させる。

 それは、腹黒い第二王子のために盤面を駆け回る、王女と見習い文官という奇妙な組み合わせが、互いの実力と献身を認め合い、真の『戦友』としての固い絆を結んだ、ひどく美しく尊い瞬間であった。

 

 

 

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