リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 完璧な王妃候補と、息の詰まる鳥籠
本宮の奥深く、第一王子グラクトの婚約者であるヴィオラに与えられた豪華なサロン。
そこは、最高級の調度品と美しい花々に彩られた、国中の令嬢たちが羨む『次期王妃の玉座』への控え室であるはずだった。だが、今のヴィオラにとって、そこは空気が薄く息の詰まる『鳥籠』でしかなかった。
「ヴィオラ様。午後からの『他国における王室外交の歴史』の課題、完璧でございました。引き続き、夕食前までに『東部と北部の税収差から読み解く流通の課題』についての論文を仕上げてくださいませ」
氷のように冷たい声で指示を出すのは、王妃マルガレーテが直接差し向けた筆頭教育係の老女であった。
狂犬セオリスの処刑以降、第一王子グラクトの王宮内における威信は致命的なまでに失墜している。その事態に焦りを覚えた王妃マルガレーテは、自らが主導する盤面の均衡を保つため、「次期王妃(ヴィオラ)の能力の絶対的な底上げ」を至上命題として掲げたのである。
グラクトの政治的弱体化を、妻となるヴィオラの実務能力で補う。その冷酷なまでに合理的な計算のもと、ヴィオラに対する王妃教育の時間は、常軌を逸した水準へと引き上げられていた。
「……承知いたしました」
ヴィオラは完璧な令嬢の微笑みを顔に貼り付け、恭しく頷く。
だが、その内心では悲鳴を上げていた。
『どうしてこうなるのよ……! 私が前世の知識を使って課題を効率よく終わらせれば終わらせるほど、空いた時間に新しい課題が際限なくねじ込まれていくじゃない!』
ヴィオラは、本来なら王妃教育など適当にこなし、空いた時間を自らの愛する『研究(魔導具の開発と論理構築)』に充てるつもりだった。
しかし、彼女が前世の知識を無意識に流用して叩き出す「完璧な回答」は、王妃や教育係から「極めて優秀な次期王妃の器」として高く評価されてしまい、結果としてさらなる高度な教育(重圧)を招くという悪循環に陥っていたのである。
大好きな研究時間は、ついにゼロになった。
さらに悪いことに、グラクトはセオリスの処刑と自己嫌悪から自室に引きこもり、茶会すらも中止している状態だ。王宮の社交界では、早くも「第一王子と西の令嬢の不仲説」がまことしやかに囁かれ始めていた。
「このままではいけません。ヴィオラ様には、より王家の空気に馴染んでいただく必要があります」
数日前、王妃マルガレーテは極めて冷徹な判断を下した。未婚の公爵令嬢であるヴィオラを実家の公爵邸から引き剝がし、本宮の後宮へと住み込ませたのだ。
表向きは「次期王妃としての自覚を促すための特別措置」であった。だが、その真の狙いは、ヴィオラが「忌み子」である第二王子リュートの主の離宮へ逃げ込み、不要な接触を持つことを物理的に遮断するための『完全なる軟禁』であった。
監視の目は昼夜を問わず光り、少しでも気を抜けば「次期王妃としての品位に欠ける」と叱責が飛ぶ。
机に向かい、山積みになった論文の課題を見つめながら、ヴィオラの思考回路は完全にオーバーヒートを起こしかけていた。
『……限界。もう、絶対に限界。このままじゃ、私の脳が完全に焼き切れて、ただの王家の操り人形にされちゃう……!』
彼女は、この息の詰まる鳥籠から脱出するための、極めて合理的かつ切実な『SOS』の暗号を、離宮にいる『共犯者』へと送る決意を固めた。