リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

188 / 316
第3話『独占契約4』

4 パトロンの誕生と、技術の二重契約

 

 ヴィオラが王都の工房で「王立オセロ協会の成績管理魔導具」というダミーの製作に励む裏で、本命たる『計算機』と『情報庫』の真の設計図は、密使カイルの手によって西のクロムハルト公爵領へと極秘裏に運び込まれていた。

 

 公爵邸の地下深く、厳重な結界に守られた実験室。

 届けられた図面を一瞥した瞬間、王立学園の長期休暇を利用して実家に帰省していた公爵家の長男・クラヴィアは、金髪を振り乱して歓喜の絶叫を上げた。

 

「記憶と演算の物理的分離だと!? なんだこの狂った、いや、完璧すぎるまでに美しい論理構造は! これまでの『一つの魔石に全機能を持たせる』という魔導工学の常識を根底から否定している! これを考えた奴は神か!?」

 

 『〇・〇一ミリの守護者』の異名を持ち、魔力伝導の微小なロスすら許さない苛烈な完璧主義者であるクラヴィアは、妹が前世の知識を叩きつけて引いたその圧倒的な理論の美しさに、完全に魅了されていた。

 

 興奮で顔を紅潮させる息子の傍らで、当主ディーゼルもまた、図面に添えられたリュートからの親書を読み、息を呑んでいた。

 

『――王家には適当な成績管理の魔導具を納めておけばいい。だが本命は、この設計図の裏の機能(計算と情報管理)だ。私を最優先とし技術を独占させてくれるなら、王家の窮屈な予算とは別に、私がクロムハルト家の個人的な実験の裏のパトロンとなり、無尽蔵の資金を援助しよう。その代わり、クラヴィア殿にはこの図面をベースに、芸術的な過剰性能ではなく、極限まで無駄を削ぎ落とした演算速度と量産効率の最大化に特化した改良設計を依頼する』

「研究資金……無尽蔵……ッ!」

 

「演算効率の極限化! 素晴らしい、機能美の追求こそ技術の頂点だ! やるぞ親父、俺の休暇のすべてをこの『神の基盤』の最適化に捧げる!」

 ディーゼルは、ヴィオラが帰省した際に聞いた娘を救ってくれたルナリアと離宮陣営への深い恩義から。クラヴィアは、提示された未曾有の技術的命題と、自らの完璧主義を肯定し出資してくれる『絶対的なパトロン』の誕生から。

 

 西の公爵家は、王家(本宮)への忠誠をあっさりと棚上げし、リュートとの間に強固な『技術の二重契約』を結んだ。クラヴィアの狂信的な技術力により、ヴィオラの理論はまたたく間に「量産可能かつ極限まで効率化された魔導端末」へと再設計されていった。

 

   ◇

 

 クラヴィアの手によって効率重視の最適化が施された図面と、ヴィオラが王都で組み上げた数台の『試作機』。

 それらは即座に、二つの全く異なる戦場へと秘密裏に送られた。

 

 一つは、東のオルディナ公爵領である。

 莫大な資本と流通網を握る『論理の女神』アイリスのもとへ届けられた図面は、東の誇る工業力をもって極秘の量産体制へと移行した。

 

 さらにアイリスは、完成した端末を自陣営の信頼できる商人や書記官たちに触れさせ、徹底した『使用感覚(ユーザーインターフェース)の調査』を実行していた。

 

「……魔力を持たない平民でも、この識別符号を打ち込むだけで、瞬時に該当の顧客情報が呼び出せるのですね。素晴らしいわ。ですが、この入力盤の配列は実務に不向きです。人間の指の動線に合わせて、文字盤の配置を再設計させなさい」

 アイリスの冷徹な実務目線による容赦のないフィードバックが西へと送り返され、誰もが直感的に操作できる洗練された端末へと、システムは急速に進化を遂げていく。

 

   ◇

 

 そしてもう一つの戦場は、王都の東区画に位置する『孤児院』であった。

 

 かつてカイルが育ち、現在はリーゼロッテが『王家の人気取りのための慈善慰問』という大義名分のもと、定期的に通い詰めている場所。その実態は、将来の海運組合や新国家の実務を担う『平民官僚』を育成するための極秘の教育機関である。

 

 陽の光が差し込む明るい教室。リーゼロッテが護衛のカイルを伴って姿を現すと、孤児たちは目を輝かせて駆け寄ってきた。

 

「あ、リーゼ様だ! カイル兄ちゃんも!」

「今日はオセロの続きを教えてくれるの?」

 彼らにとってリーゼロッテは、美味しいお菓子を与え、読み書きや計算、そして『オセロ』という盤上遊戯を教えてくれる心優しい慈愛の聖女であった。

 

 リーゼロッテは完璧な微笑みを浮かべ、子供たちの頭を優しく撫でながら、ヴィオラが組み上げた数台の『試作機』を机の上に並べた。

 

「今日はね、オセロの代わりに、少しだけ頭と指を使う『新しいゲーム』を持ってきたのよ」

「新しいゲーム!」

 

「ええ。ここに書かれた短い記号を見て、この箱の文字盤を誰が一番早く、正確に叩けるか競争しましょう。一番点数が高かった子には、とびきり甘い焼き菓子をプレゼントするわ」

 その言葉に、孤児たちは歓声を上げて端末の前に陣取った。

 

 彼らは魔導具の複雑な理論など一切理解していない。ただ純粋に「聖女様が持ってきてくれた、正確に叩いて数を競う遊び」として、夢中になって文字盤を叩き始めた。

 

 子供たちの吸収力と順応性は驚異的だった。彼らは大人のような先入観がない分、指の動かし方や記号の配列をスポンジのように吸収し、遊びの中で互いに教え合い、競い合いながら、またたく間に『タイピング』の技術を肉体に刻み込んでいく。

 その様子を壁際で見守っていたカイルが、感嘆の息を漏らす。

 

「……驚きました。あの子たち、もう大人の書記官を超える速度で入力作業をこなしています」

「ええ。このまま競争を続ければ、数ヶ月後には一切のエラーを出さない完璧な操作手(オペレーター)が数十人規模で完成するわ」

 リーゼロッテは優雅に扇で口元を隠し、子供たちを見守りながらクスクスと笑った。

 

「彼らにはこのまま、楽しくゲームを極めてもらうわ。……そして数年後、この遊びの延長線上に、東の海運組合での一生食べることに困らない『特別な仕事』と安定した居場所を与えてあげるの。兄様の創り出す新しい国を、下支えする最高の歯車としてね」

 西の天才が極限まで効率化した設計図。

 東の資本が推し進める量産化と、実務に即した使用感の洗練。

 

 そして、王都の陽だまりの中で「聖女の遊戯」として育成される、絶対の忠誠と最高峰の入力技術を持った無垢なる操作手たち。

 

 リュートが構想した『影の政府』の心臓部は、大人たちが本宮の権力闘争と威信回復の茶番に現を抜かしている間に、致死量の毒のように静かに、そして完璧に王国中へと根を張り巡らせていたのである。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。