リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『南の哲学4』

4 地下歓楽街のテスト(利益を疑う慎重さ)

 

 南のヴィレノール公爵領の端、海に面した港町の地下深く。

 表向きは寂れた倉庫街だが、その実態は中央の監視の目を逃れ、近隣諸国からの密輸品や違法な薬効成分、そして一夜の快楽が金貨で取引される『非合法な地下歓楽街』であった。

 

 その最奥に位置する、分厚い防音扉に守られたVIPルーム。

 紫煙と強い香水の匂いが立ち込める泥と欲に塗れた生々しい空間に、南の次期公爵であるライは、第二王子たるリュートを案内し、退廃的な造りのソファに腰を下ろさせた。

 

 目の前の卓には、出所不明の強い酒が注がれたグラスが置かれている。

 十三歳の王族を連れ込むには、あまりにも不敬で、あまりにも危険な場所。それは、ライが仕掛けた明確な『テスト』であった。

 

 リュートが提示した「海運による新たな流通ルート」。

 それがもたらす莫大な利益と南の解放は、次期当主であるライにとって喉から手が出るほど欲しい盤面だ。しかし、彼は即座には飛びつかなかった。

 

 中央の特権商人を排除するということは、本宮の保守派貴族たちを完全に敵に回すという致死のリスクを伴う。莫大な利益を前にしても決して盲信せず、相手が自分たち南の命運を背負うに足る『泥を被れる男』かどうかを、自らの目で確かめようとしているのだ。

 

 その極めて冷徹な慎重さこそが、ライが十三歳にしてすでに「次期公爵としての重圧と責任」を背負っている何よりの証左であった。

 

『もしここで、こいつが王宮の温室育ちらしく顔をしかめたり、この場の空気に飲まれて怯えるようなら、俺は海運の話を蹴る。……南の数百万の命運を、綺麗事しか知らぬ阿呆に預けるわけにはいかない』

 ライは琥珀色の瞳を細め、向かいに座るリュートの一挙手一投足を値踏みするように観察した。

 

 だが――リュートの反応は、ライの想定を遥かに、そして極めて異質な方向へと裏切るものであった。

 リュートは、紫煙と欲望が渦巻くこの空間を前にしても、微塵も動じることはなかった。

 

 彼は前世の法曹界において、人間の金と欲に塗れたドロドロの醜悪さ、噓と裏切りが交錯する修羅場を嫌というほど見てきている。この程度の地下の歓楽街など、人間の剝き出しの業が可視化されただけの、極めて見慣れた「ただの現実」に過ぎないのだ。

 

 リュートは長い足を組み直し、ソファの背に深く体を預けると、卓上のグラスを手に取り、出された強い酒を平然と呷った。

 毒を疑う素振りすら見せないその堂に入った所作に、ライの目が僅かに見開かれる。

 

「……王宮の温室育ちにしては、随分と度胸が据わっているな。こんな下劣で汚え場所、吐き気がするだろ」

 試すようなライの言葉に対し、リュートは空になったグラスを卓に置き、黒曜の瞳で薄暗い室内を見回しながら、極めて平坦な声で答えた。

 

「特権と綺麗事に塗れた王宮のお茶会より、金と欲で動くここ(市場)の方が、よほど論理的で信用できる」

「……何?」

 

「王宮の連中は『品位』や『大義』という見えないルールで人を縛り、平然と背中から刺してくる。だが、ここは違う。誰もが自分の欲望に忠実で、支払った対価の分だけ正確に血が流れる。……欲望という明確なインセンティブで動く人間の群れは、噓をつかない。統治と演算の対象として、これほど分かりやすく美しいものはない」

 それは、人間の醜悪さを否定するのではなく、「合理的なシステムの一部」として肯定し、利用し尽くそうとする冷酷な法学・経済的思考であった。

 

 品位や血統という曖昧な不文律を憎悪し、人間の欲を成文法によって縛り、管理しようとする『完全な為政者の視座』。

 その言葉と、一切の虚勢がない態度を前にして。

 

 ライオネルは口元を手で覆い、肩を震わせた。そして次の瞬間、喉の奥から押し殺したような笑い声を漏らし――やがてそれは、本物の、極めて邪悪で楽しげな笑みへと変わった。

 

「……ははっ、はははははっ! 傑作だ! 品位が聞いて呆れる、あんた、王宮のどの悪党よりも底の知れない『化物』じゃないか!」

 綺麗事など一切信じない南の若き次期公爵は、自分と同じ、いや、それ以上に冷徹に泥と欲を計算に組み込む王子の姿に、絶対的な信用を見出した。

 薄暗いVIPルームの煙の中で、二つの異端の知性が完全に嚙み合った瞬間であった

 

 

 

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