リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第5話『南の哲学6』

6 南の出立と、豊穣の裏契約(南編エピローグ)

 

 数日後。南のヴィレノール公爵領、王都へと続く主要街道の関所。

 朝靄が晴れゆく中、リュートの目の前には、黄金色の小麦を山のように積んだ数十台もの大型輸送馬車が列を成していた。

 

 それは、王都の物価高騰を叩き潰し、市場を支配する特権貴族たちを物理的に殴りつけるための『弾薬』である。

 

「名目上は、東のオルディナ商会が仲介に入った『特例の緊急買い付け』という形にしておいた。関所の通行税は規定通りに落としてやるから、中央の寄生虫どもも文句は言えねえし、波風を嫌う親父の顔も立つ」

 馬車の車列を見送りながら、次期公爵であるライが、冷徹な計算式が書き込まれた輸送目録をリュートへと手渡した。

 

「あの倉庫で腐らせる予定だった調整分の麦だ。これだけの量が一度に王都の市場に流れ込めば、人為的に吊り上げられていた相場は一瞬で崩壊する。あんたの上司(内務卿)も、さぞかし泣いて喜ぶだろうぜ」

 

「ああ。表向きの交渉官としての僕の評価は、これで不動のものになる。感謝するよ、ライ」

 リュートは目録を受け取り、美しく整えられた公的な契約書の裏側に隠された、真の意図を反芻した。

 

 この馬車の列は、あくまで王宮を欺き、市場を破壊するための『表の成果』に過ぎない。リュートとライが地下の密室で交わした真の契約は、王都の関所を完全に迂回し、東の海運組合と連動して南の富を直接運ぶ『非合法な海上流通網』の構築である。

 

「表の流通で王都の相場をぶっ壊しつつ、裏では海運のインフラを静かに整えていく。……中央の特権貴族どもが、自分たちの首を絞める真綿が完成していることに気付く頃には、すべてが終わっているというわけだ」

 

「違いねえ。南の港の整備と船団の偽装は、俺が次期当主の権限で裏から進めておく。あんたは王都で、せいぜい内務省の盤面を引っ掻き回してこい」

 出立の準備が整った馬車の前で、リュートは静かにライへと向き直った。

 

「……王都の相場が崩壊すれば、連中もただでは済まない。必ず何らかの報復や揺さぶりが起きるはずだ。死ぬなよ、ライ」

「誰に口を利いてやがる。南の泥は俺が被る。……あんたこそ、王宮の毒婦どもに寝首を搔かれるんじゃねえぞ、悪党」

 二人は、これ以上多くを語ることはしなかった。

 

 ただ一度だけ、互いの覚悟を確かめ合うように力強く手を握り合い、視線を交差させる。それだけで、彼らの間にはいかなる血盟よりも強固な信頼が成立していた。

 やがて、リュートを乗せた馬車が、護衛のルリカを伴ってゆっくりと北(王都)へ向けて動き出す。

 

 遠ざかる南の豊かな麦畑と、いつまでも自らを見送る生涯の友の後ろ姿を車窓から見つめながら、リュートは静かに自らの手札を再確認していた。

 

『この膨大な量の麦が王都に到達した瞬間、意図的に流通を絞り、高値で売り抜けようとしていた特権商人と中央貴族たちの資産は「暴落」という形で紙屑になる。……さあ、どう出る、中央の寄生虫ども』

 リュートの黒曜の瞳は、目前に迫る王都の巨大な城壁と、そこで待ち受ける強欲な貴族たちの絶望を冷徹に見据えていた。

 

 南の天才という最強の共犯者を得て、リュートの仕掛ける『経済という名の暴力』が、いよいよ王都の市場に致死の一撃を振り下ろそうとしていた。

 

 

 

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