リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『弾劾と責任1』

1 最強の盾、特権状

 

 南のヴィレノール公爵領を発ち、海路で王都へと帰還する魔導船の特別室。

 季節は巡り、四月一日。王国における年の切り替わりを迎えたこの日、リュート・セシル・ローゼンタリアは名実ともに十四歳となっていた。

 

 潮風が吹き込む船室で、彼は祝杯を上げることもなく、机上に広げた羊皮紙と冷徹に睨み合っていた。

 作成しているのは、内務省へ提出するための『南の食料問題に関する公式報告書』である。

 

『……南の大量の麦を王都へ流し込み、人為的な物価高騰を叩き潰す。だが、問題はその「輸送手段(海運)」の報告の仕方だ』

 南の次期公爵ライとの密約により、すでに食料の一部は陸路の関所を迂回し、東の資本が作り上げた海運組合の船で運ばれようとしている。

 

 だが、これをただ「無名の新規海運業者が運びました」と正直に報告すれば、陸路の流通利権を独占している中央の特権商人や保守派貴族たちは即座に危機感を抱き、非合法な武力や不当な法解釈を用いて、組合の船団ごと物理的に沈めにくるだろう。

 

『海運のインフラが完全に根付く前に、中央の寄生虫どもに潰されるわけにはいかない。奴らが手を出せない、完璧な「合法の盾」が必要だ』

 リュートは自らの鞄から、一枚の古びた羊皮紙を取り出した。

 

 それはかつて彼が幼い頃、国王ゼノンを「お昼寝の邪魔をしないため」と言いくるめ、王妃マルガレーテにすら「王家の品位(責任)を守るための防壁」だと錯覚させてサインを奪い取った、王国の法を無効化する最強の切り札――『特権状』である。

 

「……王妃はあの時、これを単なる『責任逃れの盾』だと冷笑し、承認した。だが、王家の責任が切り離されているとはいえ、この紙には間違いなく『国王陛下の正式な認可印』が押されている」

 リュートは前世の法曹知識を全開にし、その特権状の効力を極限まで拡大解釈した報告書を淀みない速度で書き連ねていく。

 

『この度、王都の深刻な食料危機を憂慮された【国王陛下の特別認可(特権状)】を受けた新鋭の海運組合が、特例として独自の海路を開拓し、南からの緊急輸送を支援する運びとなった』

 法的に、一文字の噓もない。

 

 実際に彼が保有している「王室公認の特権状」を、自らの私兵である海運組合の事業に適用させただけだ。

 だが、この報告書が受理されれば、保守派の貴族たちは迂闊に海運組合へ手を出せなくなる。「国王の認可事業」を物理的に妨害すれば、それは即座に『王家への反逆』とみなされるからだ。

 

『彼らがこの海運組合(僕の基盤)を潰そうと思えば、暗殺や武力行使といった手荒な真似はできなくなる。残された道はただ一つ……』

 リュートは黒曜の瞳を細め、完璧に仕上がった報告書に自らの承認印を押した。

 

『「貴族院議会という公の場に僕を召喚し、合法的に弾劾する」ことだけだ』

 相手から物理的な暴力という選択肢を奪い、自らが最も得意とする「法廷(議会)での論戦」という盤面へ、敵を強制的に引きずり込むための撒き餌。

 

 十四歳となった稀代の策士は、遠からず巻き起こるであろう中央貴族との法廷闘争の盤面までを完璧に計算し尽くし、冷たい海風を帆に受けて王都へと帰還していくのであった。

 

 

 

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