リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
2 ガールズトーク
一方その頃、王都にある東の海運組合の隠れ家。
極秘裏に集まっていた女性陣(リーゼロッテ、アイリス、ヴィオラ)の前に、天井裏から音もなく舞い降りた護衛のルリカが、ひざまずいて一報をもたらした。
「――以上が、南の次期公爵との密約の全容です。そして……殿下はその後、南の地下歓楽街にある娼館のVIPルームにて、酒を呷りながら密室で夜を明かされました」
ルリカの淡々とした、しかし事細かな事後報告が落ちた瞬間。
室内の温度は、物理的な錯覚を覚えるほどに急激に低下し、絶対零度に達した。
密かに「アイリス様こそが第一党(正妻)」と支持しているルリカは、主君の偉業を報告すると同時に、手綱を握らせるべく南での泥遊びを一切の忖度なく暴露したのである。
内務省の健気な見習い文官(ティナ)を密かに兄の伴侶に推しているリーゼロッテは、完璧な淑女の笑みを顔に張り付けたまま、ピキリ、と手に持っていたティーカップにヒビを入れた。
「まあ。兄様ったら、南の不潔な掃き溜めで、随分と楽し気な夜をお過ごしになられたのですね」
対してアイリスは、扇を持つ手を微かに震わせ、東の次期当主としての冷徹な仮面に隠しきれない動揺と怒りを滲ませていた。
だが、この凍りつくような修羅場において。前世の記憶を持つ転生者であり、精神年齢が一人だけ「大人」であるヴィオラだけは、どこ吹く風と優雅に紅茶を啜り、極めてオブラートの薄い毒を吐き捨てた。
「まあ、男ってみんなそんなもんじゃない? 目くじら立てるようなことでもないわよ」
「ヴィオラ様!? 娼館で夜を明かしたのですよ!?」
「だって、第一王子のグラクト殿下なんて、毎晩ソフィア様の寝室に入り浸って、『情交の練習』に励んでいらっしゃるんだし。それに比べたら、密室で同性のガキと酒を飲むくらい、王族の男にしては随分と健全よ」
女性しかいない密室ゆえの、あまりにも露骨で生々しい大人の発言。
高度な教育を受け、才気煥発とはいえまだ十四歳の処女である貴族令嬢の二人にとって、その「エグいガールズトーク」は完全に許容量を超えていた。
「っ……!!」
リーゼロッテは完璧な笑顔を引きつらせ、耳まで真っ赤に染めて絶句する。
「ヴ、ヴィオラ様! いくら何でも破廉恥ですわ! 殿方同士の密談とはいえ、場所が場所です! 殿下の……っ、貞操観念が疑われます!」
アイリスは扇を取り落としそうになりながら、裏返った声で抗議した。
だが、ヴィオラの遠慮のない毒舌と、正妻候補としての余裕を失うほどの「嫉妬」によって致命的に動揺したアイリスは、ここで痛恨のミスを犯してしまう。
「だいたい、私にあんな『命を懸けた重い契約書』を渡しておきながら、南の掃き溜めで泥遊びとは、どういう神経をして……あっ」
言葉に出した瞬間、アイリスはハッと自らの口を塞いだ。
だが、遅かった。
「…………契約書?」
リーゼロッテの氷のような視線が、ゆっくりとアイリスへと向けられた。
「あんな重い……? アイリス様。貴女、兄様と一体どのような密約を交わして……?」
「い、いえ! 今のはただの比喩表現と言いますか、東の資本に関する業務的な――」
「……アイリス様。後で私と一対一でお茶を飲みましょうか。何の話か、一文字残らず吐かせますわよ」
兄の「無難な生活のパートナー」としてティナを据えようと画策しているリーゼロッテにとって、アイリスと兄の間に己の知らない『極重の契約』が存在するなど、絶対に見過ごせない事実であった。
「あらあら。怖い怖い」
ヴィオラは一人、クスクスと意地悪く笑いながら二人の舌戦を眺めている。
『リュートとアイリス様の間に、命を懸けた契約ね……。ふふ、これは後々、私の盤面でも良い切り札(カード)になりそうだわ』
ヴィオラという大人の前で飛び出した、論理の女神の痛恨の自爆。
国家の根幹を揺るがす簒奪計画の裏側で、王都の隠れ家は、帰還する稀代の策士を待ち受ける「絶対零度の弾劾裁判」に向けた、カオスな前哨戦へと突入していた。