リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜   作:ムササビ・モマ

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第6話『弾劾と責任3』

3 リュート帰宅と、氷の弾劾裁判

 

 特権状を用いた「法理のハッキング」という完璧な盤面を構築し、南からの帰還を果たしたリュート。

 だが、彼が東の海運組合の隠れ家の扉を開けた瞬間、その場を満たしていたのは、次なる闘争への高揚感などではなかった。

 

「…………」

 出迎えたのは、絶対零度の殺気を放つ三人の女性陣(リーゼロッテ、アイリス、ヴィオラ)であった。

 部屋の空気は凍りつき、前世で数多の修羅場(法廷)をくぐり抜けてきたリュートの防衛本能が、即座に「致死の危機」を警告する。背後に控えていたはずの護衛のルリカは、すでに気配を絶ち、天井裏の安全圏へと退避していた。

 

「……待ってくれ。君たちがルリカからどういう報告を受けたかは推測できるが、誤解だ。あれは南の次期当主の器を測るための不可避の政治的テストであり、地下歓楽街という人間の欲望が可視化された場所でこそ――」

 稀代の策士は、瞬時に状況を把握し、前世の法曹知識と論理的思考をフル回転させて「理路整然とした無罪弁論」を展開しようとした。

 

 南の流通網を握るための正当な業務行為であり、そこに個人的な欲求は一切介在していない。国家転覆という目的から逆算すれば、極めて合理的で必要な手順であると。

 

 だが、どれほど完璧な法学・政治的ロジックを構築しようとも。この盤面において、彼が直面しているのは『論理』ではなく『女性たちの剝き出しの感情(生理的嫌悪と怒り)』であった。

 

「不潔です、兄様」

 リュートの弁論を冷徹に一刀両断したのは、リーゼロッテだった。

 彼女は淑女としての完璧な笑顔を顔に張り付けたまま、その瞳には一切の光を宿さず、実の兄をゴミでも見るかのように冷たく見下ろしていた。

 

「どのような高尚な理屈を並べようと、言い訳は不要です。十四歳という年齢で不衛生な娼館に足を踏み入れ、密室で夜を明かすなど……王族としての品位以前の問題ですわ」

 妹からの身も蓋もない「不潔」という絶対的な有罪判決。

 さらに、東の次期当主にして絶対の共犯者であるアイリスが、扇を握りしめ、本気で腹を立てた様子で一歩前に詰め寄ってきた。

 

「そうですわ! だいたい殿下は、私にあんなご自身の命を懸けるほどの重い契約書を送っておきながら浮気ですか!? これから盤面を共にしようという第一の投資家への、重大な背信行為ですわ!」

 論理の女神は、嫉妬という感情を「投資家への背信行為」という強引なビジネス用語に変換して弾劾の弾幕を張る。

 国家の命運を懸けた極重のプロポーズを受け入れ、身も心も捧げる覚悟を決めた少女にとって、直後に別の地で泥遊びをされた怒りは、いかなる政治的合理性をもってしても鎮められるものではなかった。

 

「……っ」

 盤面を完全に支配していたはずの怪物は、この理不尽とも言える猛追及の前に、為す術もなく項垂れるしかなかった。

 相手が政敵であれば反論もできるが、彼女たちは自分の命を預け、共に死線を潜る大切な身内(共犯者)である。ここで論破したところで、何の利益も生まない。

 

 頭を抱えて沈黙するリュート。その肩を、ポン、と軽く叩く手があった。

 精神年齢が一人だけ大人であるヴィオラだ。彼女は凍りつく室内で一人だけ余裕の笑みを浮かべ、呆れたようにため息をついた。

 

「まあ、元気出して。所詮それが男の性分ってもんよ。本命がいようとフラフラよそ見をする。私はそういう生き物だって分かってるし気にしないから、次からは私たちにバレないようにもっと上手くやりなさいな」

 それは、大人の女性としての余裕を見せた慰めのようでありながら、リュートの倫理観を「下半身で動く一般的なオス」レベルにまで引き下げる、極めてえげつない追撃であった。

 

「…………」

 慰められているのか、さらに深く抉られているのか。

 王国の四公爵家を手玉に取り、法治国家の創設という壮大な計画を進める第二王子の知性は、この日、十四歳にして初めて「女性たちの理不尽な弾劾裁判」の前に完全敗北を喫し、深く深く頭を抱え込むのであった。

 

 

 

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