リーガル・レジスタンス 〜ファンタジー世界で立憲国家を求める〜 作:ムササビ・モマ
1 妹の独立宣言と、マクロの女王の評価
ティナが初恋という幻想を完全に捨て去り、内務省の『完璧な情報庫(内通者)』として覚醒した翌日。
東の海運組合の隠れ家にて、リーゼロッテは東の次期当主であるアイリスと対座し、昨夜の顛末を静かに報告していた。
「――以上です。彼女の覚悟と、内務省の帳簿(データ)を差し出すという実務的な忠誠は、間違いなく本物でしたわ」
その報告を聞き、アイリスは感心したように扇で口元を覆った。
「素晴らしいですわね。中央貴族の不正を内側からすべて把握できるのなら、これ以上ない強力な手札となります。これで、殿下の側室(駒)としての彼女の有用性は完全に――」
「アイリス様」
アイリスの言葉を遮ったリーゼロッテの声には、これまで兄の庇護下にあった妹としての甘さは微塵もなく、極めて重く、冷徹な為政者としての凄みが宿っていた。
「……彼女は、兄様のためではなく、この『私』の思想と責任に対して自らの命と忠誠を預けました。これより先、彼女は私が直属の上司として全責任を負い、運用いたします」
リーゼロッテは、第一位の契約者(正妻)であるアイリスの目を真っ直ぐに見据えて宣言した。
「ゆえに、ティナの処遇についての選択権は、第一位の契約者である貴女にも、兄様にもありません。彼女は陣営の共有財産ではなく、私個人の『絶対の腹心』ですわ」
それは、ただの「兄の代理人」という安全な立場からの、明確な『独立宣言』であった。
自らの責任で泥を被る覚悟を決め、己の思想と実務によって最高峰の工作員(データベース)を服従させ、「一人の盤面の支配者」へと成長を遂げたリーゼロッテ。
その静かで揺るぎない独立宣言を受け、アイリスは一瞬驚きに目を丸くした。
だが次の瞬間、彼女はパチンと小気味良い音を立てて扇を閉じ、東の次期当主として、極めて優雅で頼もしい笑みを浮かべた。
「……分かりましたわ。前言を撤回いたします。あのような修羅の覚悟と、内務省の深奥を暴く最高峰の実務能力を持った手駒を、ただの『殿下の側室(共有の駒)』という生ぬるい枠に収めておくのは、投資効率が悪すぎますものね」
アイリスは、リーゼロッテの成長を心底から歓迎し、その独立を明確に承認した。
「彼女の命と運用権は、貴女のものです。……私としても、無知な令嬢が側室として入ってくるより、貴女の『最も冷徹な情報庫』が、殿下と私たちの盤面を内務省の影から守護してくれるというのなら、これほど心強い投資環境はありませんわ」
論理の女神アイリスは、ティナの価値を「陣営に不可欠な最高峰の内部統制システム」として高く評価し、それを完全に手懐けたリーゼロッテに対し、対等な為政者としての称賛の視線を送った。
「ええ。中央貴族たちが法を盾に動く時、彼女が握る致死のデータが必ず我々の勝利を決定づけますわ」
リーゼロッテもまた、完璧な淑女の笑みで応じる。
リュートという強大な怪物を中心に回っていた陣営に、今、それぞれが自立した盤面(資本と情報)を支配する、極めて恐るべき二人の為政者が並び立った瞬間であった。